"Love Art & Help Japan" について



3月11日の震災直後の週末は、本当にUSTから流れてくるNHKの放送に釘付けになりながら、唖然とするばかりだった。多分程度の差こそあれ、日本人だけでなく世界中の人がそういう感じだったんじゃないだろうか。ただ、月曜日になると、当然のことながら、ニューヨークに住む人々は、通常通り通勤通学がはじまり、店は普通に開いていて、本当に何事も無かったかのように日常にもどっていった。その中で、日本人の自分としては、頭の中の大きな不安などと目の前の日常に大きなギャップを感じながら、自分には何ができるのだろうかと考えるようになっていった。その間に出会ったアーティストの一人にアートビートは何かやらないのか?と聞かれたことや、日本からたまたまNYに来ていた編集者の人にファッション業界はすでにリアクションを起こし始めているがアート業界はどうなんだと聞かれたことなどもなんらかのきっかけになったかもしれない。

ちょうど、次の週がニューヨークではアジアアートウィークで、主にアンティークだが日本に関連する展覧会、イベントもたくさん予定されていたことで、そのアートウィークでなんらかのファンドレイジングをするべきだと考えた。アジアアートウィークの中心的存在はやはりオークションであり、クリスティーズで日本美術のオークションを統括している山口桂さんには日頃からお世話になっていたこともあり、真っ先に連絡し、企画どころかまとまった考えにもなっていない中で、コンタクトをしてみた。震災のたった10日後に日本美術のオークションを控える山口さんも、何かをしなければいけないという気持ちでいっぱいで、大きく賛同してくださり、数日後のアートウィークスタートに間に合うようにと大急ぎでいろいろと電話とメールで話し合った。

アート業界は他の業界に比べて産業規模も小さいし、またそれを構成するプレーヤーも企業体をなしているのは美術館、オークションハウスくらいのもので、他はアーティスト、ギャラリーと個人事業やそれに毛のはえたようなのが多数集まってなりたっている。ただ各自は小さくとも、それらが繋がることで一つのチャネルとして広がっていくフレキシブルなファンドレイジングキャンペーンということで、最終的には、こちらで募金箱を用意し、アートウィークに参加しているギャラリー、オークション、その他アート施設に置いてもらうことにした。義援金を集めると同時に、日本から遠くはなれたニューヨークでもアートを通じてこの東日本大震災についての認知を高めてもらうのがねらいだった。ニューヨーク中に無数にちらばるギャラリーの受付台を一つのメディアと見立てたわけだ。

震災復興の役に立つ何かをしたい、そこから遠くはなれた自分に何ができるかと考えたときに、自分には直接義援金として送るお金はあまりないけれども、アートビートのメディアと、日々リスティングしているニューヨーク中の1000を超える美術館、ギャラリーとのコンタクト、そしてなにより自営業者として自由に動ける時間はあるなというのが出発点だったような気がする。

募金箱を作るにあたって、J-collaboというニューヨークにおける日本人アーティスト、デザイナーなどを結ぶメディア、イベント活動をしている佐賀関さんが、以前資生堂にお勤めでコスメのパッケージデザインをやっているプロだということで、協力をお願いしたところ、2つ返事でご協力いただけることになった。できるだけコストをかけずに、メッセージが一目で伝わるしっかりしたデザインの募金箱を数十単位で、数日で作るという難題をクリアしてくださった。

まずベースになる箱はダンボール製で主に投票用なんかに使われるのが安くあることを見つけて、最小ロットである50を注文。キャンペーン名を"Love Art & Help Japan”とし、一目でそれとわかる素晴らしイラストを佐賀関さんの知り合いのイラストレーターの方に描いてもらう。キャンペーン名、イラストをシールで印刷し、発送されてきたそれらの箱に貼り付ける。火曜日に動き始めて土曜日にはすっかり50箱が完成した。



まずは、山口さんが中心にアジアアートウィークに参加しているギャラリーに参加をよびかけ、また、自分たちの周りのアート関係者の皆さんに参加、賛同を呼びかけるメールをし、そこから有機的に繋がりのあるギャラリー、アート施設に呼びかけが広まった。同時にNYAB内に簡単なオフィシャルページをつくり、そこをランディングページにtwitter、facebook、メールなどでどんどん呼びかけをしていった。

1ヶ月ほどがたった4月末現在、匿名での参加をしてくれているギャラリーなども含めて70ほどのアートスペースが募金箱を設置してくれている。中でも世界有数の大手ギャラリーのPace Galleryはニューヨーク中の関連ギャラリー8箇所全部に置いてくれている。期間としては、印象派、現代アートのオークションなどもあり、ニューヨークのアートシーンが一番盛り上がる5月いっぱいまで置いてもらって5月末に回収し、日本赤十字に全額を送ることにしている。

このような形での募金活動を日本でさえやったことがなかったのだが、米国でということで、体当たりでやるしかなく、やりながら学ぶことはいくつもあった。まず、美術館や、アートセンターなどの非営利団体は、真っ先に参加してくれるかと思いきや、その美術館の設立目的(現代アートの啓蒙などそれぞれだが)以外の名目でファンドレイジングをすることができない場合がほとんどであり、このような活動にほぼ参加できない。特に米国では、様々な形でこれら非営利団体に税制上の優遇措置が与えられているが、逆に言えば、税の優遇を受けている設立目的の活動内容以外はできないようになっている。考えて見れば当然だが、最初は思いつかない。あとは、大手ギャラリーからの返答で多かったのが、今回の震災はもちろん大変なことで、参加したいのだが、このようなキャンペーンに一度参加すると、世界中で起きている様々な災害、戦争、人道上の問題などからの参加の要請がたくさんあり、言葉は悪いがきりがないので、申し訳ないが参加できないというもの。世界中から外国人が集まってできているようなニューヨーク、まして外国人だらけのアート業界らしいといえばらしいか。このあたりになってくるとそのギャラリーがどれだけ日本に親近感を持っているか、ギャラリー内に日本人従業員がいるか、日本人作家を扱っているか、担当者がどのように判断するかなどで対応は変わってくる。ただ、先進国の日本であまり大きな問題らしい問題が起きない日本人にとってみると今回の震災は未曾有の世界を揺るがす大事件だが、人によっては、それでも経済力のある日本よりも大地震が起きて1年もたっているが復興が進まないハイチのほうがまだまだ助けは必要だと真顔でいう人もいる。あとは現金を入れる募金箱を置いてもらうギャンペーンにあたって、その主催が有名人や有名な企業ではなく、有志の集まりということで信頼を醸成するのが大変かと思ったが、最初に大きな企業でもあり、アート業界で信頼されているクリスティーズが参加してくれていたということでキャンペーン自体の信頼性が担保されたのは大きい。また、米国ではあまり現金を持たずにクレジットカードや小切手を使う場合が多いのだが、オペレーションの簡略化のためにも、草の根活動ということで法人無しで寄付に対する税の優遇などもできないということで、この募金箱はキャッシュのみにしている。それでもこの募金箱を見ることで、震災に対して小切手で大口の募金をしたいという方が結構いて、そういう方にはしっかり税の優遇も受けれるJapan SocietyのJapan Earthquake Relief Fundをすすめてもらうようにしている。あとは、ある数日間の大きなアートイベントに置いてもらっても10ドルしか入らなかったこともあり、目立つところに置いてあっても、アートを見に、買いに来た人が自分とは関係の無い日本の震災への募金箱にお金を入れるというアクションにつなげるのは簡単なことではないが、人がある程度滞留するオープニングなどのときに、お酒をサーブする場所の横に置いておいたりすると、お酒は無料だが、サーバーにチップをあげる習慣があり、財布に手をかけたついでにという一つのきっかけや、何度も募金箱を目にすることで何度目かには実際の募金につながることで、結構お金が集まることも経験上わかってきた。

たくさんのボランティアの方が様々な形でサポートしてくださっていて、募金箱をアッパーイーストサイドからブルックリンまで70箇所ものアートスペースに持っていっていただいたり、また、アートスペースに置いてもらう以外にも、様々なチャリティーコンサートやアート関連書籍の出版イベントなどでもボランティアの方が箱を持ってみんなに呼びかけることで1日で結構募金が集まっている。また、アジアソサイエティという美術館では、上記の税制上の理由からも震災復興のための義援金集め自体はできないけれど、その呼びかけのためのチャリティーコンサート内でこのキャンペーンについてのプレゼンテーションをする機会をくださったり、自分も運営に関わっていた"We Are One”チャリティー展覧会の一つの企画として、このキャンペーンに大きく賛同してくださっている芸術史家の富井玲子さんが、アーティストの森万里子氏、インゴ・ギュンター氏、DJ Spooky氏に声をかけてアーティストトークを企画してくださり、トークの入場料の代わりに募金をお願いしますというような形でファンドレイジングしたりと、様々な形でこのキャンペーンは広がっている。

かなり長くなってしまったが、キャンペーンをはじめて1ヶ月以上たち、記録のためにも、また他のファンドレイジングにも活かせることが若干あればと思い、できるだけ丁寧に書いたつもり。

以下、このキャンペーンについてのフォトレポートや他の媒体での紹介記事のリンク。

- NY中の様々なアートスペースに設置された募金箱のフォトレポート
- NY中の様々なアートスペースに設置された募金箱のフォトレポート2
- ”We are one”チャリティー展覧会のフォトレポート

- Art in Americaでの紹介記事
- Adrian Favell氏がArt itにて紹介してくれた記事
- NYUでジャーナリズムを学ぶ2年生の大学生がFOXニュースのインターンとしてオンラインの動画ニュースとして紹介しれくれたもの
- キャンペーンの賛同者の一人である芸術史家の富井玲子さんが業界誌の「新美術新聞」5月1・11日号で紹介してくださった記事

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