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Showing posts from September, 2009

9年9月9日オープニング巡りとJames Turrell

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さて、明日は、夏休みあけで1年で一番多くのオープニングパーティーがNY中で開かれる。NYABが把握しているだけでも 117ものオープニングが予定されている 。チェルシーは多くの人でにぎわうことだろう。今日は、その1日前ということで、チェルシーと日が重ならないようにと計画されたであろう若手ギャラリーが集まるLower East Sideエリアのオープニングデーであった。30−50くらいはあったのではないだろうか。若手ギャラリーが集まるエリアで固まって1日前にオープニングが開かれるなんてまるでアートフェアーのようだが、昨今チェルシーの老舗ギャラリーからの出展が減っているNY最大のアートフェアのアーモリーショーが音頭をとって、来年のアーモリーに出ることが確定しているLower East Sideのギャラリーのオープニングをリストにしてプレスに事前に送るという異例のことも行われた。不況でアートフェア運営が容易ではなくなっていることとともに、Lower East Sideのギャラリー達が重要視されてきているということでもあるだろう。チェルシーに比べれば規模がかなり小さい多くのギャラリーだが、どこも混んでいて、Rivingtonストリートのいくつかのギャラリーを足早にまわったあと、チェルシーで唯一行われた日本でも大人気の James Turrellのオープニング に行ってきた。 まずは、Lower East Sideのオープニングの中でも評判が良かった Sue Scott GalleryのFranklin Evans展 の様子を3枚。 ギャラリー内が、様々な紙や日常的なマテリアルで埋め尽くされていて、2階にあるギャラリーへの階段からインスタレーションは始まっている。特筆すべきは、地面のいたるところにしかれたプチプチ音がする梱包材。作品の一部を踏むことで体感するタイプのものはあまり無かったかも。 そしてこのエリアではかなり有力な Salon 94でのCarterによる展示 。写真ではわかりにくいが、大きなモノクロイメージ(映画のセットらしい)の上に、ペイントを細かく載せてある。一言でいうと今風。NYだと、こことかTeam Gallery的で、東京だとTaka Ishii Gallery的な雰囲気かなと。 チェルシーほどギャラリーが密集しているわけではないが、ストリートはギャラリー

アートに関するアーカイブ

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夏休みに訪ねたアーティストのFrancis Cunninghamさん が、滞在中に昼ご飯にと、近所の畑から直送のとてもおいしいトウモロコシをゆでてくれてバターと塩でいただいたのだが、僕がこれまで食べた中で一番おいしいトウモロコシであった。 その様子を撮ったビデオが上のビデオだが、妻がカジュアルに撮った物で、これだけ見るとなんのことはない、アマチュア感あふれるプライベートの簡単な料理説明ビデオで、アーティストの彼はこれをオンラインにあげるのはあまり歓迎しないかと思っていた。それが、80歳の彼やその家族がこれを見て、大喜びで、是非、彼の公式ブログにもこの動画をあげてくれとのことで、 あがっている 。この反応はとても意外だったが、ポジティブな驚きで、アーティストと、アーティストに関する多くの表象物に関して考える切っ掛けにもなった。 昨今、様々なデジタル技術、情報処理技術、それらのシェア技術が進歩して、アーカイブに関してのハードルがかなり下がったこともあり、アートの分野でも、これまでは作品を美術館で保存して、あとはそれに関する出版物をアーカイブするのがやっとというところから、もっと多くのテキスト、画像、動画、音声、それから作品のマテリアルに至るまで、様々なものが様々な場所、メディアでアーカイブされ始めている。今回、このアーティストによる、全くアートとしてのアウトプットとして意識したものでないトウモロコシ料理ビデオを見て、ああ、こういうものもアートに関するアーカイブに含まれてもいいなあと感じた。アートに関するアーカイブというと、いくらハードルが下がって、特別な技術無しに様々なものがアーカイブできるとあっても、そのアーカイブを作る側には、ある一定の先入観があって、これまでどおり、美術史的、学術的に価値がありそうなものを無意識に選別してしまうし、インタビューという形をとれば、30分ー1時間、とても緊張したアーティストとインタビューワーが、そのアートに関するインタビューを双方が全力でやって、それをしっかり編集したものができあがり、保存されていく。これはこれでとても重要な活動でどんどんされていくべきだが、このトウモロコシビデオのように、直接アートに関係がなくとも、間接的に、アーティストとしての彼、彼のアート作品に対するイメージ、広がりに、幅、彩りをあたえる切っ掛けを見いだすマ

「Style Wars」 70/80年代のNYのグラフィティー

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ひょんなことから、80年代につくられたNYのグラフィティーシーンに関するドキュメンタリーの 「Style Wars」 を見て、とっても驚いた。NYの地下鉄が走っているシーンではじまるのだが、なんだかSFのようだ。知識として70年代、80年代のNYの街はグラフィティーで埋め尽くされていたというのを知っていても、実際にグラフィティーに塗り込められた地下鉄が走るシーンを映像で見ると全然違った。昔からNYにいる人は、昔のNYの地下鉄はきたなかったんだと言うし、その当時の人達にしてみたらグラフィティーなんて不良少年達がやるもので、迷惑だと多くの人達は思っていただろう。でも当時のヒップホップやブレイクダンスといきいきと編集されたその映像をDVDで見た感想を正直にいうと、美しい、すばらしいだった。今のNYはNYで街として安全だし、きれい(昔よりは)だし、魅力的だが、はっきり言ってこのDVDに映っているNYはずっと魅力的に見える。 日本にはグラフィティーの波は来なかったので、日本で生まれ育った僕には、なんというか写真/映像の世界だが、今でも、NYと東京の違いはと聞かれれば、NYにあって東京にないのはグラフィティーをはじめとするストリートアートです。と答える。知識としては、今のグラフィティーなんて、70、80年代のものに比べれば全然違うことは知っていても。ヨーロッパには、MTVをはじめとするテレビを通じて、80、90年代にはグラフィティーが伝播したようで、数年前に東京オフィスで手伝っていたドイツ人ウェブデザインスタジオのLess Rainは「 LRPD Vandal Squad 」というオンライングラフィティーペイントツール/ネットワークをだいぶ前に作ってかなり話題になったし、今でもアクティブに参加している人も多い。でも、横で働いていても、日本人の僕にはピンと来なかった。でもこのDVDを見たあとなら、なんとなくピンと来るような気がする。 今のNYのグラフィティーは、70、80年代の本当に素性を隠して町中に描いては消されていくタグの存在主張だけで成り立っていたものとは、大きく変わり、メディア/インターネット/デジタル写真/flickr/google mapなどと補強し合いながらグローバルにスター化して公然と認知され、コマーシャルギャラリーで取り扱われる「アーティスト」の活動になっている