Wednesday, November 5, 2008

マディソンスクエアパークに川俣 正とメディアアート


フラットアイアンビルの横にあるマディソンスクエアパークでは川俣正の作品で、木の上に作られた小屋が沢山”展示”されている。鳥小屋にしては大きいし、人は登れないけれど、木の上の小屋というロマンティックな存在そのものがニューヨークのど真ん中の公園にいくつもできていて、それを何気なく見るのはとても気持ちがいい。そう思っていたところに、楽しく拝読しているフランスアート界底辺日記(一瞬タイプするのが憚られるブログ名称ですが、名称なので、、、。)のkanaさんがちょうど、アートフェアーに出ていた川俣正の作品の写真を掲載してくださっていたので、不思議な気持ちになった(悪い意味では全くない)。ちなみに、パリのチュイルリー公園でも川俣正の小屋が展示されているそう。

東京に比べて、ニューヨークには、コミッションで、期間を区切った大掛かりなパブリックアートもとても多い気がする。オラファー・エリアソンの滝、David Byrneの"Playing the Building"など場所としては一回だけのもの、もしくはロッカフェラーセンターの前や、そしてこのマディソンスクエアパークなど場所は一定だが、期間を区切って野外展示をするものなど、多様だ。ビルを建てる際に一緒につくる巨大彫刻作品としてのパブリックアートも多いのだが、そもそもアートの形態が多様化する上で、長持ちする巨大作品だけをパブリックアートとしていく時代でもないだろう。サイトスペシフィックであるだけでなく、タイムスペシフィックであることもとても重要になってきているような気がする。まあ、サイトスペシフィックといったときに、”サイト”には時間軸の概念も入っているとすることもできるかもしれないが、意識の中にはやはりロケーションの意味が強いだろう。ギャラリーや美術館に護られて外からは見えない通常のアート展示や、できたときには華々しいが、奇怪な形をした置物と化してしまいがちな常設の巨大彫刻作品としてのパブリックアートにはない、アートが社会に何らかの働きかけをするという意味での力は格段に強い。アーティストも受け手が全然違って普通の人々であるということをある程度は意識するであろうし。

こういう活動を起こしていくのに必要なものは、「街はモノではなく、運動体であり変わっていくものである」という公的、パブリックな社会的合意形成と、その運動に意思をもって影響を与えていけるお金、つまり公的なお金(税金)と完全にプライベートなお金のちょうど中間点のようなお金、具体的には税制上の優遇が発生する寄付金など、とそのようなお金の存在を規定し、その発生を促進していける法律、システムであろう。日本にも、一定の税制の優遇などは存在するが、その発生を促進するような仕組み、システムにはなっていない。

ダミアン・ハーストの無数のエディション作品について考えたり、一方で、オラファー・エリアソンの滝やマディソンスクエアパークの川俣正の作品を見たりしているうちに、所有されるモノとしてのアート、そしてその囲いをコンクリートで作るためのハコモノ行政の産物としての美術館、それらの存在を支えてきたそもそも所有物に対する私達の執着心を取り払って、モノとして今日はあるけど、明日には無くなるコンセプト、イベント、存在としてのアート、アート活動が増加していくのだろうし、そうなってほしいとよく思うようになった。

全世界的に起きた一連の金融恐慌は、モノが増えていくことでの世界成長がそろそろ限界で(新聞を紙に印刷してほしい人は減っていて)あることを暗示しているようだと感じた。今後は、私達がそれぞれ有限に持つ時間の中身が、どのように密になっていくかの方向性での成長になっていくのだろうかということがなんとなく頭に浮かぶのともオーバーラップする。将来には、所有するよりも、見るという自分の時間のほうがコストが高くつく時代になるかもしれない。(ならないか)


同じマディソンスクエアパークには、今もう一つの作品があって、Rafael Lozano-Hemmerというアーティストのインタラクティブなメディアアートで、"Pulse Park"というもの。上記はプレビュー用のCG。


実際にはこのような感じで、下記の写真のように両手でハンドルを握るとセンサが脈拍をはかって、そのリズムで公園全体が点滅するというもの。ハンドルを握ると何となく公園と自分の一体感のようなものが生まれて高揚感を覚えるし、子供達は無条件に大喜びだしというパブリックアート。7時以降しか作動しないので、昼は木の中の川俣作品を楽しんで、それが見えない夜はこちらを楽しむというタイムシェアリングもばっちりなされている。



11月17日までに会場に行けないよという方のために、簡単なビデオを。

Friday, October 17, 2008

NYの”ストリート”アート


ここのところ、なぜか、グラフィティをはじめとするストリートアート系のイベントに参加する機会や、見る機会が増えた。金融のクラッシュでかしこまったホワイトキューブからストリートへの揺り戻しが来ているのかというのは少し深読みしすぎかもしれない。ともあれ、アート、ファッション、デザインなどカルチャー系のブログで一番人気なのが、NYのダウンタウン各地に描かれた巨大なネズミの”グラフィティ”だ。これはBanksyのNYでの新しいプロジェクトで、ソーホーのグランドストリート沿いに描かれている。バンクシーがスケッチを描いたのをプロが拡大したそうで、もう、これはグラフィティ(落書き)とは言えないかもしれない。


そしてこれが、たしか数日後に出現した同じソーホーでもハウストンストリート沿いのもの。実はこれらのネズミはどんどん増えているようで、数日前にすでに4つあるとのことだった。


このバンクシーの一連のプロジェクトの核になっているのが、グリニッジビレッジに10月頭にできた、ペットショップ。一見普通の昔からあるペットショップに見えるのだが、近寄ってみると、すべて単純な動きをする造形物で、人間との関わりあいで目にする動物達の形状(チキンナゲット、豹の毛皮、ホットドッグ、檻の中でテレビを見る猿など)が見せられていて、知らずに入って驚くという仕組みになっている。詳しくはflickrの写真、ビデオでご覧ください。NYにいらっしゃる方は見に行く方がもちろんいいですが。他のいくつかのグラフィティーというか壁画をもう少し見たあとで、もう一度これについては書きたいなあというのが今の気持ちです。初見としては、今までのバンクシーのストレートな切れ味があまりなく、手がこんでいて、もう一つ意図がつかみかねるというのが正直なところ。後述するWooster CollectiveというブログにBanksyからのメッセージが載っているので、どこまで本当かは置いておいて、”作家”の意図としてはこういうことだそうだ。


実は時期は前後するのだが、最初のストリートアート関連イベントは、10月1日に友人に誘ってもらって聞きにいった、DUMBOのGalapagos Art Spaceで行われたトークイベントで、ストリートアートのブログで有名なWooster Collectiveを主催する二人(Marc and Sara Schiller)と彼らお気に入りの2人のストリートアーティストであるJi LeeとCharlie Toddのプレゼンテーションだった。このイベントを主催していたのが、Young Benefactors of Americans for the Artsという新しくできたグループで、なんというか日本ではあまり考えにくいのだが、「芸術支援を考えているアメリカ人若手慈善事業家」の集まり(20−30代)だそうだ。ようはお金持ちのご子息ご令嬢達で、主催者は20代前半の女性でとても驚いた。ディスカッションの内容はとても興味深く、Wooster Collectiveが昨今のストリートアート事情を概説した後、Ji Leeが彼の代表プロジェクトであるThe bubble project(街のポスターなどに吹き出しを張っていくというもの)などの紹介をして、Charlie Toddが彼の代表プロジェクト(グランドセントラルに動かない人々がいて何かの合図で突然劇場チックに動き出すのを通行人が見て驚くというようなイメージ)例えば、こういうものなどを紹介して、質疑応答。二人とも、こういうともすれば違法になりかねないプロジェクトが評価されて、コミッションが来たり、Ji LeeにいたってはGoogleのCreative Labのディレクターの仕事が来たりという形で成功しているそうだ。


最後は、NYABlogに少しレポートをしたのだが、NYABのよきライバルで親しい間柄でもあるartlogというサイトが企画したWilliamsburgのストリートアートのツアーに参加した。このツアーのガイドは、Alex Smithという業界3番目のPhillips de Puryというオークションハウスでストリートアートの専門家として働く人で、自身もストリートアーティストだったようだ。20人くらいで回るのかと思いきや、100人以上が金曜日の夜のWilliamsburg(東京でいうと中目黒?)をグラフィティーを求めて、ツアーで歩き回ることになり、なんだかシニカルな状況でもあり、壮観でもあった。ツアーに参加して初めて分かったのだが、現状のストリートアートは、世界中にいるBanksy、Mr.Brainwash、Nick Walker、Shephard Fairey(Obey Giant)、Os Gemeosなどのスターアーティストがアシスタントグループとともに、飛行機やバンで世界中をどんどん移動して、各都市を爆撃(bombという言葉を使っていた)していくそうだ。地元のアーティストが夜にせっせとスプレーペイントでタッギングしていく一昔前のスタイルと違って、量産体制を周到に用意した上で、一気に何十もの作品を残していくやり方のようだ。大きなものの中には、ビルの持ち主からの了解を得ているもの、中にはコミッションされたもの、そしてバンクシーにいたっては別のプロのビルボード職人が描いているものまである。ここまでくると、”ストリートアート”とファッションブランドのビルボードの区別さえつかなくなってくる。グラフィティも場所を選べば(WilliamsburgやSohoなど)なんとなく社会的に受け入れらているもしくは歓迎されてさえいる存在になってきているようだ。もはやそして、さらっと冒頭で書いたがどうしてオークションハウスにストリートアートの専門家がいるかとえいば、もちろんそれらのアーティストの作品をオークションにかけているからである。NYのフィリップスで10月26日にストリートアートのオークションがある。どうしてもあなたの部屋も爆撃してほしい場合は、数千ドルから。とりあえずはオークションを見に行ってみようと思う。

Thursday, October 2, 2008

近況報告

ここのところいくつかの出来事があったので、近況報告を。
まずは、以前にも紹介したが、東京のアートシーンの近況を英語で伝えるガイドブックで、私もTAB、101TOKYOに関してインタビューをしてもらった"Art Space Tokyo"の米国での出版パーティーがNYの紀伊国屋で先週火曜日に行われ、私もパネルの一人として参加させていただいた。


友人でこの本の編集者の2人である、Craig ModとAshley Rawlings、Japan Americaという名著の著者で東大でも教鞭をとるRoland Kelts氏、NY在住の戦後日本アートの歴史家であるReiko Tomii氏というすばらしいパネルに入れていただいて、昨今の日本のアートシーンについて1時間パネルディスカッションを行った。私は主に、アートビートでの経験から東京とNYの地理的な違い、つまりNYではアート施設がいくつかのエリアに固まっていて、街もグリッド状であるため、展覧会情報やオープニングの「リスト」が求められるのに対し、東京ではアート施設が比較的ばらばらに広がっていて道もグリッドではないため、個別展覧会場の「地図」が求められているというような話。とアート施設数がTABでは、600、NYABでは1000程度だが、内訳では東京の美術館が120に対し、NYでは50、ギャラリーが東京では400、NYでは800、さらにコマーシャルギャラリーは東京では100弱、NYでは500以上と東京ではアートは見るものであるのに対して、NYでは買うものであるというような話をした。
立ち見の方も多数でて、多くの方に集まっていただき、NYでは初めての人前でのプレゼンテーションがうまくいきとてもありがたかった。ディスカッションの後にも、新たに多くの方にお会いすることができ、いろいろな意味で実りの多いイベントでした。Craig、Ashleyありがとう。


次はACAFについて。これは11月6日から10日まで行われるAsian Contemporary Art Fairの略で今年で2年目になるアジアのコンテンポラリーアートのフェアー。NYのミッドタウンの西側、ハドソンリバー沿いで開かれる。これにNY Art Beat/Tokyo Art Beatもメディアパートナーとしてブースを構えることになった。日本からの参加ギャラリーが少なく寂しいが、NYABとしては初めてのイベント事で、楽しみだ。


NYABとしては初めて雑誌で紹介してもらえることになった。Modern Luxury社が発行するManhattan Magazineの次号11月/12月号に紹介してもらえるということで、フォトシュートを行った。僕たちが使っているテーブルと椅子をストリートに持ち出して、モバイルオフィスというコンセプトで写真をいくつか撮ってもらった。どの写真が使われるかは分からないがこれも楽しみ。


最後に、僕は残念ながら初めて参加を逃してしまうことになるが、今週の土曜日に六本木のスーパーデラックスで東京アートビートの4周年記念パーティーが行われる。早いものでもう4年。NYも半年になる。東京にいらっしゃる方は是非遊びにきてください。

東京アートビートの4周年記念パーティー!
会場: スーパーデラックス
スケジュール: 2008年10月04日 19:00~
住所: 〒106-0031 東京港区西麻布3-1-25-B1F
電話: 03-5412-0515 ファックス: 03-5412-0516

Wednesday, September 17, 2008

ダミアン・ハースト(Damien Hirst)のオークション結果



前のポストからかなりの期間があいてしまった、、、。通常は自分の経験からのポストしかしないようにしようと思っていたのだが、今回のダミアン・ハーストについては、大きな出来事だし、自分の考えをまとめるためにも、オークションに行ったわけではないが、オンラインのソースを元にしたまとめ記事的なことをやってみようと思う。

9月15日16日、つまり昨日、今日とロンドンのサザビーズで、ダミアン・ハーストの新作だけの異例のオークション"Beautiful Inside My Head Forever"が開催された。ここ数年で制作された計223点が15日のイブニングセール、16日のデイセールで競売された。新作とはいえ、モチーフは見覚えのあるものが多く、超よくできたエディション作品を新しく制作して彼の回顧展をオークションで行うというような趣。ここまでくるとエディション作品とユニークピースの境界線が全然分からなくなってくる。

村上隆の大掛かりな個展が、LAMOCAからスタートして、ブルックリン美術館を経て、これからヨーロッパではじまるようだが、作品はほとんどが、大コレクターのコレクションで、中には出品されていた作品(と思われる)「マイロンサムカウボーイ」が今年の5月にNYサザビーズで16億円で落札されていた。個展としてしっかりパッケージされていて作品もあるのに、作品価値が高く、保険代、輸送費、インスタレーションコストなどが高騰しすぎて日本の美術館には巡回できないそうだという話を聞いたことがある。今、誰かがダミアンハーストの大がかりな個展を美術館で開こうと思ったら、コレクターが作品を喜んで出してくれても、多額の費用がかかって実現するのは困難かもしれない。作品を見るステージ作りと作品を売るステージ作りの金銭勘定の大きな違いが、ビエンナーレなどの国際展よりもアートフェアーのほうが盛り上がってしまう場合があるという構造を作り上げ始めて、さらにそこをショートカットした形で、今回の個展形式、新作オークションという前代未聞のやり方が成り立っているのだろう。

さらに、ダミアン個人のアート活動として、去年のダイアモンドのスカル作品くらいから、直接的に、お金、マーケットという構造へのチャレンジというような活動を行ってきており、その延長線上ととらえることもできる。ここ2年程度で作った200以上もの新作を一気に放出するというのは、供給側が制限されているのに(ユニークピースなので)多くの需要があるという状況で成り立ってきたアートマーケットそのものへのチャレンジであり、大きな賭けのはずだ。ここまでくると、ダミアン・ハーストの作品の量とランボルギーニなどの超高級車の生産量と変わらなくなってくるのではないだろうか。制作と生産の違いは???

その象徴性に輪をかけるように、前日の9月14日は、米国投資銀行のリーマンブラザースが破産し、メリルリンチがバンクオブアメリカに買収される「ブラックサンデー」になってしまった。オークションを行う日としては最悪の状態かもしれないが、このダミアンのオークション、マーケット自体にチャレンジするという意味でのオークションを行うには、ドラマ性としては最高の舞台とも言えるだろう。

さて、結果だが、

15日のイブニングセール56点で、バイヤーの支払うプレミアムを含んで
Sale Total: 70,545,100 GBP
(約133億円 9/16レート)
詳細はサザビーズのページで。

16日のデイセール167点で、バイヤーの支払うプレミアムを含んで
Sale Total: 40,919,700 GBP
(約77億円 9/16レート) 
詳細はサザビーズのページで。

2日のオークションで210億円もの売り上げをあげてしまった。
僕は正直、リーマンブラザースのニュースを日曜日に読んだときに、このダミアンのオークションを皮切りに、アートマーケットもクラッシュするのではないかと感じた。もちろん、株式、債券などのマーケットと、アートのマーケットは桁が2桁以上違う訳で、どれほど大きな関連性があるか僕は知らないが、20年前の日本のバブルの際は、完全に関連していたわけだし。

この金額をどう見るかにはいろいろあるようだが、オークションハウスからライブブログなどもしていたCultureGrrlというブログによれば、見込み価格の最大値のやや下というところで、成功しているが、他のメディアなどでの最大見込み価格を超えるということではなかったようだ。彼女は、5月のNYのコンテンポラリーオークションのシーズンにも、NY Timesという大新聞でさえ、見込み金額と、実際のハンマープライスを比較するときに、バイヤーズプレミアムを含まない金額と、含んだ金額を比較していて、アップルtoアップルの比較になっておらず、アートマーケットが実際以上に盛り上がっているように見せかけるのに加担していると、批判していたが、今回もその風潮はあるようだ。

とにもかくにも、僕がなんとなく思ったアートマーケットのクラッシュは起こらずに、順調にオークションは成功したようだ。ただし、注意すべき点は、これらの作品を落札したのが、コレクターなのか、もしくは、ダミアンの作品の価格が落ちると困ったことになってしまうディーラーの人々か、もしくはガゴシアン、ホワイトキューブなどの彼を取り扱うギャラリーなのかということで、勿論、オークションの前から、これらプライマリーのギャラリスト達も、オークションで作品を買う気まんまんであると伝えられていたので、相当数そっちに買われているのであろうが、それが大半だとすれば、ディーラーを通さずに行う新作のオークションそのものがとんだ茶番劇になってしまいかねない。ホワイトキューブにはかなりのダミアンの在庫があるようだというニュースも流れていたわけで。

今年の6月のバーゼルアートフェアーの後には、欧米のコレクターの勢いはさすがに衰え始めたものの、その分を、ロシア、中東のオイルマネー、新興国マネーが買い支えているという理解だった。ここにきて、世界中の経済にブレーキがかかりはじめ、石油価格の下がりはじめると、誰がアートマーケットを買い支えることができるのかという素朴な疑問はやはり頭のどこかにある。もしかしたら、大コレクター達の可処分所得は、世界経済のブレーキや、オイル価格の下落などに左右されるほどやわなものではないのかもしれない。次は、ロンドンのアートフェア、11月のオークション、12月のマイアミなどをしっかり見ていくべきだろう。12月のマイアミはやっと行こうと思っているのでいろいろな意味で楽しみだ。去年よりはトーンダウンすることはすでに予想されているようだが。

とはいえ、アートマーケットはまだまだ元気なようで、大コレクターのフランソワ・ピノー氏がクリスティーズとともに経営するヨーロッパのギャラリーであるHaunch of Venisonがいつの間にかNYにもできたようだ。チェルシーの多くのギャラリーと取り扱い作家が重なっている気がするが、本当にこのハイエンドの世界はなんでもありで、一般市民の私にはついていけません。
ちなみに、このHaunch of Venisonのウェブページは、以前僕も少し勤めていたLess Rainというウェブデザインスタジオの手によるもので、コマーシャルギャラリーのウェブサイトとしてはトップレベルのできだと思います。って、最後はとんだ脱線をしてしまいました。。。

Tuesday, July 29, 2008

SCOPE Art Fair Hamptons に行ってきた


SCOPEアートフェアーは、3月のNYのArmory Showや、6月のバーゼルのアートフェアーなどと合わせてサテライトアートフェア的に開催されており、毎年6都市を廻っている。1年のうちの開催回数という意味では一番多いアートフェアーかもしれない。今回は先週末(7月24日ー27日)にニューヨーク郊外の夏の保養地であるEast Hamptonで開催されたSCOPEのメディア向けツアーに参加した。これは他の都市のSCOPEアートフェアーと違って、別の大きなアートフェアのサテライトではなく、SCOPE単体での開催。

Hamptonsは、マンハッタンの東側に位置するロング・アイランドという文字通り細長い割と大きな島(150キロくらい)のほぼ東端に近いところにあるエリアで、ビーチがずっと続き、ニューヨークのお金持ちのサマーハウスが立ち並んでいるエリア。マンハッタンから車、バス、電車で2時間程度のところにある。このエリアにスペースを持っているギャラリーもあり、夏の間はマンハッタンのギャラリーは閉めて、ハンプトンのギャラリーをあけるというかたち。アメリカ人はヨーロッパ人と違って、リタイアしていない限り、夏休みは1ヶ月以上というような人はそれほどいないだろうから、平日は市内で普通に仕事して、週末は毎週サマーハウスで過ごすというような感じの人も多いらしい。
12月にアートフェアーが行われるマイアミは避寒地で、やはりセカンドハウスが立ち並ぶところだし、お金持ちの移動にあわせてギャラリー移動まではできないのでアートフェアーを開催という形になっている。

僕たちはハンプトンに行ったことがなかったし、今年は夏休みを取る予定もなかったので、丁度良い機会とばかりに、アートフェアーに行った後、2、3日その辺でゆっくりしようと思っていたのだが、それが大きな間違い。前日に近くのホテルやB&Bに電話しまくるも、どこも一杯か、空いていても一泊$300とか。別にアートフェアがあるからというわけではなく、夏のピークシーズンの週末だから当然だとのこと。すると丁度プレビューの日にSCOPEの主催で市内のアートメディア向けの1日日帰りツアーをするという知らせを受けて、渡りに船とばかりに参加することにした。旅費も食事代もアートフェア持ちという僕らのような貧乏アートメディアにはありがたい企画。今年101 TOKYOを企画した身としては、ここまでやるのはすごいなあというところ。

10時半にペン・ステーションに集合。総勢15人くらいのアートジャーナリストが集まってみんなで電車に乗っていく。Artinfo.com, Artnet, artkrushなど自分たちも含めてやはりオンライン系のアートメディアの人が多く、みんなある意味競合者同士だが、和気あいあいと名刺を交換し、情報交換をする。特にいろんな人に会うことを勧められていて、スケジュールが会わなかったartkrushのPaul Lasterさんが偶然ツアーに一緒に居合わせたのは良かった。お互い、やっと会えたねという感じで隣の席に座ってアジアのアートシーンなどについて話した。

1時半についに、East Hamptonの駅につくと、ディレクターのAlexis Hubshmanが駅でメディア一行を出迎える。大きなバンとAlexisの車に分かれてレストランに移動。僕たちはAlexisの車に乗ったのだが、フェアディレクターがフェア開始直前にメディアの移動の運転までやって、なんというか全然違和感無かったが、よく考えたら、とてもカジュアルなフェア運営だなと驚いた。このカジュアルな感じがよくも悪くもSCOPEの特色といえば特色。

レストランは、ツアーからのメディアだけでなく、地元メディアや、前日入りしているメディアなど含めて30人くらいで、これまた名刺交換、アート情報交換をみんなそこかしこでやっている。海の近くということで、貝類がすばらしかった。最後のデザートの前くらいに、ディレクターのAlexis Hubshmanが簡単にフェアについて説明(写真上)し、それに対して質疑応答。ちなみに、Alexis Hubshmanは世界中6都市のアートフェアーのディレクターだがとても若く、多分30代前半。

5時のフェアー開始とともに、会場に移動。会場は飛行場近くの倉庫を改装してつくってある。

約40弱のギャラリーの参加ということで、小規模なフェアといえるだろう。ニューヨークのブルックリンなどの若いギャラリーなどが多いが、中にはヨーロッパからの参加もある。天井は高く気持ちがいいのだが、空調が故障したそうで、エアコンは無し。参加ギャラリーの人たちは会うたびに暑い暑いとこぼしていた。僕からすれば、クーラーがんがんで寒いフェアよりはこのくらいが丁度いいと思える温度だが、人が込んでくるとかなり暑いかもしれない。

日本と中国のコンテンポラリーを主に扱うEathan Cohen Gallery。日本人では篠原有司男さんのボクシングペインティングなどを販売。

チェルシーのアートタワー内にギャラリーがあるChina Squareのブース。ニューヨークでも盛り上がっている中国人現代アーティストによる巨大なペインティングが所狭しとならぶ。

ニューオリーンズからきたRed Truck Galleryはペインティングを壁中に敷き詰めるクラシックなサロンスタイルのブース。真ん中のテーブルではギャラリスト達がポーカーをやっている。保養地での小規模なアートフェアーということもあって、客も、ギャラリーもリラックスした雰囲気。

プレビューということもあり、会場では巻き寿司が出されたが、あっという間になくなる。

全体的によくいえばアートフェアプレビューの一種ギラギラした感じがなく、リラックス。悪く言えばちょっと活気がないかなという印象。みんなハンプトンにゆっくりしにくるのだが、やはりそれだけではものたりないというところに、アートフェアーでも行ってみるかというのりなのだろう。ハンプトンでは有名なイベントであるらしい。こういう事情もあって、ハードコアコレクター向けの作品というよりは、割ときれい目なペインティングが多く、値段も抑えめで数千ドルのものも多い。プレビューということで売れ行きは解らないが、その場で見ている分には、そこそこ売れ始めている感じはあった。

メディアツアー一行は会場には2時間程度いて、8時に出発するマンハッタン行き最終のバスに乗って帰る。バスはシートもゆったりとしていて、とても快適。バスの中では、一日を一緒に過ごしてすっかり打ち解けたジャーナリスト達がアートフェアの感想などを話し合う。まあ、大きな驚きもなく、こんなもんでしょという雰囲気。次の日にはNY Art Beatに写真レポート記事を載せ、入りきらなかった写真はFlickrに。

とても長い一日だったが、NY Art Beatのような新米アートメディアにとっては多くの他のメディアと知り合えたとても良い機会になったし、来年の101 TOKYOはどうなるか解らないが、アートフェアをやる側としてもいろいろと学ぶ機会になった。

Wednesday, July 23, 2008

どうして「アートなんて解んない」のか?


若い世代が中心になって、音楽、映画、アート、デザインなど幅広いカルチャーを紹介し、そのシーンを盛り上げようと精力的に活動しているフリーCD/オンラインマガジンのCINRA Magazineが今号は「アートなんて解んない」という”つり”タイトルで、アートについて地に足のついた、幅広いアプローチで、アートを特集してくれている。編集長の杉浦さんから教えていただき、早速オンラインで読ませていただいた。

すばらしい森村泰昌さんのインタビューや、若い作家へのインタビュー、川村記念美術館のガイドツアーのレポートなど、多くの視点で、今号のタイトルへの答えを考えるきっかけを与えてくれる。音楽は毎日聞いているが、美術館にはほどんど行かない、ギャラリーなんて行ったことないといった若い人たちを読者として想定しているのだと思うが、同じ目線で丁寧に編集されている。アートに対するスタンスがちょっと穿っていすぎかなと思う言葉遣いもあるが、まあそれも含めてつりということだろう。

僕自身も、アートの専門的学術的バックグラウンドがあるわけではない鑑賞者の目線で、Tokyo Art Beat、NY Art Beat、アートフェアの101 TOKYOの運営などに携わってくる中で、同様の問いはいつも頭の中にあった。アートがもう少し日本の社会の中で市民権をえるためには、何が障害になっているのか?敷居の高さを多くの人々が感じているのは事実だろうし、その理由であろう予備知識(ここで蘊蓄という言葉はあえて使いたくない)的なものは本当に必要なのか?など、自分自身も(鑑賞者からいつの間にかアート業界者になりつつある自分)釈然としていないことを改めて考える良いきっかけをいただいたので、簡単に自分なりの答えを

どうして「アートなんて解んない」のか?


1, アート・美術作品を理解するのは、人間一人理解するのと同じでそもそもそんな簡単なものじゃない

上記アーティストの森村泰昌さんのインタビュー内での答えは、とても真摯で、大前提として僕もその通りだと思った。詳しくはインタビューを読んでいただきたい。でも、やはりそこに行く一歩手前のところで、引っかかっていたのが次。

2, やっぱり教育が悪いのではないか。

ここで思ったのは、いわゆる義務教育でのアート教育ではなく、主に大学など高等教育でのアート関連が専門ではない人に向けた教育について。僕は、経済学部でマーケティングなどを勉強していたのだが、東京の大学でも、ニューヨークの大学でもなぜか美術史の授業をいくつも取っていた。まあ、好きだったんだろう。その経験からでしかないが、その違いの大きさにとても驚いたのを記憶している。一言で言えば、日本の大学は細かいところを専門的にやりすぎ。アメリカの大学は本当にベーシックな美術史をみっちりやるという感じだろうか。


僕が受けたアメリカでの美術史の教科書がこれ。700ページくらいの分厚い教科書で、西欧だけでなく、アジア、アフリカ、中東などのルネッサンスの前までくらいの美術史が網羅されていて、これを週2回のクラスで1学期間で読み進めていく。ちなみに、2学期目はこれの2巻目でルネッサンスから現代アートまで。これは、必修ではないが、教養課程で選択できるコースの一つ。学校はビジネススクールなので誰もアート業界に進む訳ではなく、専攻はマーケティングであったり、会計であったり、ファイナンスであったりする普通の学生。授業の宿題の中には、メトロポリタン美術館の中国セクションに行って一つ作品を写生してくるというのがあったり、読むだけではない多角的なコースでまあ細かいことはほとんど忘れたが、なんとなくアートへのアプローチのベースを作ってくれたような気がした。


それに比較して、同様に日本での教養課程での西洋美術史の教科書がこれ。著者自身の先生の授業だったような気がするが、この本の内容の専門性の前に知っておくべきことは山ほどあるだろと今思えば驚く。授業を聴いている分には分かったような気になって面白いのだが、教養課程での美術史のクラスとしては明らかに専門性が高すぎて、体系的な知識になっていかない。

ここで僕が言いたいのは、アートを楽しむために高度な蘊蓄が必要とは思わないが、ある程度の浅くとも広い予備知識はやはり必要だろうということ。そして、全般的に日本の高等教育はそれを社会にしっかり教育できていないのではないかということ。

3, 解らないことは全く悪いことじゃないが、学ぼうとしないことは良いとはいえない。

アートを楽しむのに、蘊蓄や予備知識は実は必要ないので、絵を感じて楽しんでくださいということは昨今結構聞くようになってきた。ああ、この絵画は色彩が明るくて、なんだか元気が出てこの絵が好きになったというような体験もあるはずだ。これはこれですばらしいが、やはり僕としては自分も含めてここで留まってほしくない。体感できる楽しさもあれば、背景、歴史、アーティストの考えなどを知ることで、知的に楽しめる面もそれ以上にあると僕個人は考えている。マルセル・デュシャンの便器の作品はやはり体感するタイプのものではないだろう。このただの便器が何が面白いのかで思考を止めるのではなく、どうして、世の中の多くの人はこれを教科書に載せ、大きな美術館で展覧して大騒ぎしているのか?を知りたいと思うことで、アートを知的に楽しむ入り口になって、その後は楽しくなって逆に出て来れないかもしれない。大学で学べなくとも、CINRA magazineでも出ていたが、何が面白いのかわからんと思ったときには美術館のガイドツアーがある。特に川村記念美術館のツアーはすばらしそうだ。何歳になっても学び続けなければ。

4, なんだかんだ言ってもアートはスノッブなものである

最後にちゃぶ台返しではないが、意見はわかれるかもしれないが、とっても原則的にはアートってとてもスノッブなものだという理解は必要かもしれない。ビジネス形態を見たってやはり音楽とは大きく違って、どんな無名なアーティストだって、油絵を売って生活しようと思ったら一枚数十万円にはなってしまう。それを買う形で関わりが持てる人というのは、やはり限られてくる。庶民の楽しみであった浮世絵ですら、美術館に収蔵されて、歴史に載せられてアートになった今ではやはりスノッブなものとも言えるような気がする。美術館で見る作品達は、古くは王様達がパトロンになって創作されたもの。現代アートの持ち主もやはり、昔の王様並みに可処分所得が膨大にある無数の金持ちの人たち。現代アートのマーケットが拡大しているベースの要因は過去には一国に一人しかいなかった王様が、いまでは一国に何千人、何万人といる世界的な経済発展によりそうものだろう。ちなみに、美術館の入場料が高いと思う人(僕自身含めて)が多いと思うが、美術館運営において、入場料収入は5%から多くて20%だという。だからこそ無料にした方がいいという意見も多いのだが、どちらにせよ、前提としてアートはスノッブであり、誰にでも自然にわかる(解ってもらうことが目的の)表現形態ではないかもしれない。アートの持つスノッブさを肯定する気は全くないが、そのことを無視していてもはじまらないと思う。もちろん、自分も含めて普通の人は見ることで楽しめばいいのだが、見ている対象物に対する理解としてこのことは重要だろう。

いうまでもないが、アートが解るということについて、当時者のアーティスト、それを買うコレクター、批評家、鑑賞者それぞれ全てが違う解り方なり、解らない方なりをしており、どれが正解で、常に答えを知っていなければいけないなどということは一切ない。ただ、常に自分がその作品について感じたこと、知っていることと、友人、批評家、学芸員、アーティストなどの考え方、背景などと常に比較しながら、新しいことを常に発見して刺激を受けていくことがアートを楽しむことなのかなと思う。

とても荒いわりに長くなってしまった。
自分自身、まだまだ今後とも考え続けていかないといけないテーマだと思うが、少しまとまった時間をとって考えることができたのはとてもよかった。CINRAの皆さん良いきっかけをありがとう。これからも楽しみにしてます。

Tuesday, July 15, 2008

DUMBOのアーティストスタジオを訪ねた


DUMBOというのは、Down Under the Manhattan Bridge Overpassの略で、ブルックリンブリッジとマンハッタンブリッジの下のブルックリン側のエリアのこと。アーティストのスタジオが多く、ギャラリーなども結構ある地域。上の写真で見えるのはマンハッタンブリッジ。友人のアーティストが作品が届いたからお昼でも食べようと招待してくれた。もう5度目くらいだろうか。ちなみに、篠原有司男氏のスタジオもこのエリアだと聞いた。

DUMBOの中でも、アーティストスタジオ、ギャラリーが特に集まっているFront St.沿いの灰色の巨大なビルの3階に彼のアトリエはあり、廊下は誰かの作品かな。赤いパネルがならんでいる。

これが彼のスタジオ。日頃はここで仕事をしているそうで、到着したばかりの作品も並べてある。

彼が、友人のチェコ人アーティストPavel Kraus。友人と行ってもかなりキャリアのある人で、大掛かりなパブリックアートプロジェクトを手掛けたりもしている。



これが、新しく届いた彼の作品達。玉子と遺伝子がコンセプトになっている石の彫刻作品。届いたというのも、この作品はインドで制作されているという。彼がコンセプトとスケッチをおこし、それをもとに、インドの人件費の安い職人達が、石を削って、磨いて、玉子型を作りそれを2つに切って、また表面に形状通りの型を切り出して、そこに別の質感の石をぴったりはめ込んで、上から磨くという作業を何人かで半年かけて完成したという。それが巨大な木のクレート何箱かに入って船で届いたという訳だ。作品制作途中にも何回か遊びに来たが、インドからの返信が遅いとか、どの港に届けるのが一番いいかとか、心配事はつきないようだったが、できた作品はすばらしく美しく、多様な意味でグローバルで現代的なものだ。本人も満足げで、現在は、この写真の作品の2倍以上の大きさの作品を制作しているそうで、その大きさになると1トン近くにもなり、一度置いたら、なかなか動かすのは容易ではない。

食事をいただきながら(木曜昼なのに3人でワイン2本、、、)、この作品で展覧会をするのかと聞いたら、「この作品でギャラリーの展覧会をやるのはリスクが大きすぎる」というような答えが返って来た。つまり、作品の制作費用が高く、どのくらい売れて資金回収できるかわからない展覧会に新作としてこれらの作品を用意できないということのようだ。今回とどいたものも、大半はコレクターなどに制作途中から売れており、今制作中の大きいものは、コミッションワークのような形で、西海岸のコレクターの庭に置かれることが決まっているらしい。彼は国際展をはじめとするアートサーキットにのるいわゆるスターアーティストではないが、長いキャリアの中で、コレクターとの関係を築き、コミッションワーク中心に活動している。少なくともアメリカでは、美術館はもちろん、ギャラリーの外側にもアートシーンは大きく広がっていることを実感させられます。ちなみに、日本でのコミッションワークを是非やりたいということなので、ご興味ある方いれば是非お知らせください。ってそういうの日本でもあるのかなあ。

彼が入っているビルの2階には10程度のギャラリーが入っていて30分くらいでまわれるので、DUMBOにくる機会があれば、是非のぞいてください。下記はそのうちの一つで今やっている展覧会です。

Peter Herel "the Borges Sequel"

Venue: 5+5 Gallery
Schedule: From 2008-06-05 To 2008-07-30
Address: 111 Front St.,Brooklyn, NY 11201
Phone: 718-488-8383