Monday, January 16, 2012

知らないアートを見て、理解するまでのプロセス(日本のアートが世界に理解されるプロセス)



昨日は、終日氷点下という極寒の中、友人のTakashi Horisakiさんが参加するSculpture Centerのグループ展のオープニングに行って彼の素晴らしい新作を見たあと、マンハッタンのラーメン屋で晩ご飯を食べていると、となりの若者4人組みがアートについているのを耳にして聞いていると、多分ビジネス系であろうと思われる4人の内の一人の女性が、最近見た抽象絵画の展覧会のことを話したあとに、別の男性が「抽象絵画ってモダンアートのこと?モネとかああいうのだよね?最近友達と話していて合意に達したんだけど、モダンアートって詐欺みたいなもんだと思うんだ。」ていう返しをしているのを聞いて、苦笑しつつも、よく考えてみるとこの会話はアートに関わる人にとってみれば文章自体が語義矛盾で、ちぐはぐだと思うかもしれないけど、ある程度の教育を受けていても普通の人の感覚ってそんな感じなのかなあとなんだが少し考えさせられた。

いわゆる「現代アートはわからない」ということとほぼ同じ思考プロセスだと思うし、また自分のような深くアートに関わっている人にとっても部分的に、自分が知らない、自分が見たことがない作品、作家を見るときに、意識的、無意識的にこれをやりがちだ。これを考えていくと、そもそも逆にある作品、作家をいいと思うこと、わかることってどういうことだろうなあと自分でも日々考えていることにつながる。また、その延長として、どうすれば日本のコンテンポラリーアートは世界に入っていけるのかということにも通じると思う。

自分が世界有数のアートアドバイザーのアラン・シュワルツマンに美術手帖 2012年 01月号でインタビューさせてもらった時に、誌面の都合で、泣く泣くカットせざるを得なかった箇所で、実はアートを見るプロ中のプロの彼が、あまり好きでは無かった村上隆の作品を本当に理解できたと思うにいたるプロセスと、(村上隆と違って)世界に知られていない日本の作家が世界のアートマーケットに入っていく難しさについて真摯に語ってくれた。これは今の日本のアートシーンが海外で受容されるための大きなヒントになるように感じた。誌面ではP104からP109でアートアドバイザーについて基本的なことと、彼の2つの大クライアントについて、そしてそのうちの一つのアメリカのコレクターが具体の白髪一雄などをコレクションし始めていることなどを語ってくれているが、それに続いて、下記掲載できなかった部分。

日本には行かれたことがありますか? 

最初は20年ほど前に、MIHO美術館のオープニングに招待されて一瞬ですが、日本に行って、記事を書きました。実はその後、直接ビルバオに行ったんです。ちょうどビルバオのグッゲンハイム美術館が数日後にオープンしたんですよね。1週間に2つも美術館がオープンするなんてとても珍しいことですよね。次はRachofsky家と一緒に確か5年ほど前に、直島に行きました。理由は、金沢の21世紀美術館でのマシュー・バーニー展のオープニングでした。私たちはアートと同じくらい建築に興味があり、Sanaaのこの美術館も見ておきたかったのです。そのときは、金沢、京都、東京、直島に行きました。そして今回3度目の日本ですね。
日本のコンテンポラリーアートは見ますか? 
正直、自分の日本のアートの知識にはムラがあると思います。世界のアートマーケットで成功している日本人アーティストはこれまであまり自分の興味に入ってきませんでした。しかし、その前置きをした上で、自分のクライアントのアートコレクションは全て全然違うものです。そして私は、自分のある一定の趣味をコレクションに持ち込むというよりは、それぞれのコレクションを見た上で、それぞれのユニークアイデンティティを作り出すように働きかけるようにしてきました。それで、ときによっては、自分がいつもだと反応しないような作品、作家を強制的に見せられて、自分の趣味ではないかもしれないけれど、その面白さを発見することはありました。それがまさに自分にとって村上でした。当初、私は村上の作品に自分では反応しませんでした。もちろん、彼が非常に重要で、そして影響力がある作家であり、とてもしっかりした背景、アイデア、思考プロセスの結合として作品が生み出されているということは理解していました。LA MOCAでレトロスペクティブがあった際に村上をLAで取り扱っているディーラーのティム・ブラムに、「彼の作品を一番理解しているのは君だと思う。この展覧会を案内しながら、作品について僕に説明してくれないか。村上を理解する別の入り口のようなものに導いてくれないかと。」頼んだんです。その際に、彼が自分にとっての村上のドアを開けてくれたんです。そして、作品の根底にあるものを理解し、自分個人として村上の作品にコネクトすることができ、わかりはじめたんです。そして、数年前に自分のクライアントのコレクターの一人が、村上の作品をコレクションすることに非常に興味を持ち始めたんです。そして、また、偶然ローマに行ったときに、そこのガゴシアンギャラリーで彼の展覧会を見たんです。数点のとても大きな絵画でした。そこで、はじめてとても個人的な反応があったんです。彼の作品に対しては一度もそういう反応は無かったんです。それまでは、もっと知的なレイヤーでか、もしくは感情的な反応はありました。でも、ここではじめてとても直感的で理屈抜きの反応があったんです。これで完全にドアがあいて、全てが変わりました。それで、アドバイザーとして自分のクライアントに責任を持って彼を勧めることができるようになった入り口になったんです。これまで自分達がフォーカスしてきた日本の50年代、60年代のアートは、とても特別な歴史的なルーツからきていて、ある線の上を動いてきています。そして、村上の作品はまた別のラインから来ていて、自分としてまだわかりませんが、あるプロセスの中で、それらが交わる点を見つけられるような気がしているんです。本当に個人的な希望的観測ですが、これらのことで、全く違った観点から日本のコンテンポラリーアートを理解することにつながるのではないかと感じています。これまで、しっかり日本のコンテンポラリーアートを見る機会に恵まれてきませんでした。見てきたものと言えば、国際的な場における展覧会の中でしか見てきていないので、まだまだ文化的根底から理解しているとは言えないと思います。 
日本の若手アーティストや、ギャラリーからよく、世界の大きなアートシーンに入っていくにはどうすればいいのかという質問を受けます。実際、村上隆は自らニューヨークで成功しましたが、奈良、村上以降、あまり日本から世界で成功するアーティストが出ていないのも事実です。日本は今だに大国で多数のアーティストもいるのですが、世界におけるブラインドスポットになっているような気がしています。日本の多くのアート業界の人々がどうすればいいのかわからない状況です。その状況についてどうアドバイスいただけますか?
これはとても面白いジレンマです。今、どうして自分達が白髪の作品を真剣に見始めているのでしょうか。今までも真剣に見ている人はいましたが、とても小さな世界でした。それが、どうして突然、ずっと大きなアメリカ、ヨーロッパのマーケットにとって意味ができはじめてきたんでしょうか。これは、私たちが今どこにいて、どういう歴史的大局観を持っているかに関係があると思います。作品は、ずっとそこにあって同じ作品なわけです。私がこの作品に届くまでこんなに長い時間かかるべきではないのですが、実際にはかかりました。これはなんというか不思議な条件の集まりなのですが、時期がいつで、自分達自信の文化を見る見方にも同じことがいえます。ポール・マッカーシーがいい例です。生きている作家の中で一番重要な作家の一人ですが、ロサンゼルスの一部のアーティストコミュニティ以外の、アートワールド全体に真剣に評価されたのは、彼が活動をはじめて30年経ったあとでした。その数十年の活動のあと、突然彼の作品の重要さ、深さなどが理解されはじめたんです。とはいえ、一般的にその作家が日本人であれ、イタリア人であれ、ブルックリン出身だろうと、若い作家がある一定の認知を得はじめるのは、その作品を心から理解して、信じている誰かがいるからです。そしてその誰かが、別の誰かを知っていて、別の誰かを何らかの形で説得してという繋がりです。如何にこういうことが起こっていくかのこのプロセスは自分にもとても不思議なものです。自分がキュレーターだったころは、自分はその作品についてそして、その根底にあるものを理解していて、どこで誰に見せようか美術館のキュレーターに見せるか、オルタナティブスペースに持っていくか、そうすると、誰かが別の誰かに電話してその人が別の誰かに電話して、ドアが開くかなあと考えて活動していましたが、結局のところ、そこに自分が投入する努力だけではだめで、最後はタイミングというか、その時代が、その作品を見るのに準備ができているかどうかということなんですかね。ときどき、あるそこそこエスタブリッシュされた作家で、一定の期間マーケットにいる作家によるしっかりしたいい作品で、なんとなく直感的に、これは皆が思うよりも重要で、貴重な作品だと感じることがあるんですね。そして、それが20万ドルで売れて、別の同じような作家の作品が200万ドルもすることに合理的な理由はないんです。これが直感的に絶好の好機なんです。そして、ある時、マーケットが作動するというか、スイッチが入るんですね。そうするともう好機ではなくなっているんです。それがいつ来るか、なぜなのかわからないんですが、起こるのです。だから、アーティストは、ディーラーか、キュレーターか、パトロンか誰か自分のことを理解してくれ、情熱も持ってくれて、そしてコネクションが充実している誰かを持つ必要があって、その誰かが外の世界とのリンクを形成してくれるのです。

村上隆の場合でさえ、その名前、作品を知っているところから何かが彼の中でクリックして、直感的に理解するまでに色々な段階(偶然いくつかの作品を見る、それをよく知っている人に説明してもらう、そしてまたいくつも作品を目にする、ある所でクリックする)を経ていることがわかる。このクリックするというのは難しいが、自分なりに言葉にすると、それまで受容してきたたくさんのその作品、作家に対するテキスト、ビジュアルの情報などが自分の脳の中で無意識的にいくつもの結節点をつくっていき、それがある一定の数に達したときに 何か発見したような気になるという感覚かなと思う。日本で有名な作家の多くはみな日本のギャラリーに所属していて、他の国のギャラリーに所属していない場合が多い。もちろん、海外のギャラリーに所属しようとがんばるけどなかなか実現しないという場合もあれば、日本のギャラリーに全て任せてあるから大丈夫というような場合も多いのではないだろうか。でも海外のマーケットに出て行く(海外のコレクター、キュレーター、アドバイザー、批評家達に見てもらって、知ってもらう)ためには、彼らが作品をしっかり見れる機会を増やすことが大事で、アートフェアだけでは全くもって不十分(そもそもギャラリーでの個展とアートフェアでの展示は見せ方も、見る側のメンタリティも全く違う)だ。そのためには欧米のしっかりしたギャラリーに所属するべきだし、その努力をアーティストもするべきだろう。日本のギャラリーとしては、アートフェアなんかで海外の他のギャラリーともできるだけコンタクトをとって、ゆるやかなパートナーシップのようなものをむすんで作家スワップのようなことをして、積極的に作家を他国で見せていくようにしかけていくべきではないだろうか。

Saturday, January 14, 2012

NYにおけるアート本・カタログの売り買い事情

写真はEV GRIEVEよりMast Books店頭

11月末に1年半住んだイーストビレッジのアパートからブルックリンのサンセットパーク地区に引っ越したのだが、アートのプレスということで、日頃からカタログなどをもらうことも多く、かなりの量になっていたので、捨てるのも忍びないしと重い、結構な量の本(主にアート関係)を古本屋に持っていった。最初は1箇所に持って行ってそこで引きとってくれなかったら捨てようと思っていたのだが、最初のところが意外と高く買ってくれたのと、アート本の価値について興味がわいたので、最終的には3箇所に持っていった。

まずは、イーストビレッジに昔からある老舗の古本屋のEast Village Books、文化一般幅広い書籍や音楽CDも売っている。

East Village Books
99 St. Mark's Place (between Ave. A & First Ave. in Manhattan)
New York, NY 10009
(212) 477-8647

その次に行ったのが、Avenue Aに最近できたセレクションがかなりいいアート古本屋のMast Books。


Mast Books
66 Avenue A
New York, NY 10009
Between 4th & 5th Streets

そして、4th Avenue沿いのAlabaster Bookshopここも文化関係を中心に多様な品ぞろえ。


Alabaster Bookshop
122 Fourth Ave., New York, NY 10003
nr. 12th St.
212-982-3550



本、特にアートのカタログなんかはかなり重いので、10冊くらいをリュックに入れると限界。最初のEast Village Booksでは、半分くらいを引きとってくれて30ドル弱。悪くない、中でもある若手中国人作家のジンのようなアーティストブックが、これは売れないかもなあと思っていたら、実は10ドルで引きとってくれてかなり驚いて、次の日に別の本を持って行くとちゃっかり200ドルの値札がついて一番いいところで売られている、、、。ここでは店員はまず本をざっと見て、間違いなく買わないのだけよけて、その後買うかもしれないのをオンラインのデータベースを見て価格を決めていく。結構セレクションは厳しい。ただ、店員がアートのことをすごくよく知っているというわけではなさそう。データベース頼み。

次のMast Booksはさらにセレクションが厳しく、アートプロフェッショナル的にホットであったり、有名な作家のモノグラフか著名な作家のフィクション、哲学書などしか買ってくれない。ここは店員がアートシーンをよく知っていて(たしか元ガゴシアンギャラリーで働いてた人がはじめたという話を聞いたような)、最後の最後にオンラインのデータベースで確認する程度。

そしてはじめの2店に何回も行って結構あまったなあと思って、だめもとでAlabaster Bookshopに行くと、ここは全ての本を片っ端からオンラインのデータベースで調べて、そこでの販売価格の10%の現金(若干交渉の余地はあった)か20%のストアクレジット(その店で別の古本を買えるクレジット)にしてくれた。値段がつかない本(つまりオンラインのデータベースで1ドルになっていてしかも何点も出点されている)なんかも50セントなんかで引きとってくれた。若い店員さんがかなり気さくで、店頭に結構日本の古美術のカタログなんかもならんでいて聞くと、彼は最近コロンビア大学を出たばかりで、大学で日本美術史の授業を受けていたからだとのこと。本好きだからいいけど、ちゃんとした仕事を探し中だ的なことも言っていた。

結局100冊近くを3店舗で下取りしてもらって色々わかったのだが、まず通常の小説や文芸書などはクラシックな名著であってもほとんど値段がつかない。これは完全に電子書籍、電子リーダーの普及の影響だとのこと。しかし、アート本はほとんど電子書籍化されていないし、中小の出版社が細々と出していたりギャラリーの自費出版的なものが多く、種類も多いので、逆にニッチに流通しているようで古本の値段がかなり高いのだ。推測でしか無いが、アートコレクターにとって数百万、数千万円のアート作品を買う前に、予習のために数万円の資料性の高いモノグラフ、カタログを買ったり、ほぼ作品のようなジンを数万円で買う価値は十分にあるのだろう。

今までオンラインのデータベースとやや抽象的に書いてきたが、アマゾン含めて皆が使うのは2,3種類で、どの書店の店員もまずいくのがAbebooks というサイトで、これは世界中の(日本は入ってない)古本屋が加盟して、主に古本の売り買いをしているサイト。かなりマイナーな本(本というかジンというかみたいな体裁のアート本なども)まで出てくる。店先は小さく古い感じのEast Village Booksが高額(買取価格数ドルー10ドル、つまり販売価格数十ドルから数百ドル)の本を買い取ってくれたときに、あまり客の入りもよくないこの店でちゃんと在庫はけるのかなあと感じたのだが、今から考えると、このAbebooksのようなメインはBtoBのexchangeサイトのおかげで、全米、もっと言えば世界中のどこかである一人が高いお金を出してでもほしいと思う本であれば、在庫に持っていてもオンライン経由で売れていくのだろう。つまり、一見昔ながらの古本屋にみえて、その実は通りがかりの客も入ることができる在庫倉庫みたいなものにかわりつつあるようだ。だから逆にそういう店では大量に流通していてどこにでもある小説なんかは引きとってくれない。Alabaster Bookshopは大通りに面していてそれなりに客の入りもあるので、レアなアート本と多く流通している安い本も引きとってくれる。アマゾンの巨大化にともなって書店チェーンが倒産したりしていく中で、逆にこういうニッチな個人店舗は、アマゾンの巨大流通倉庫+輸送料よりもずっとローコストな(つまり、店頭に安い給料の店員が一人だけいて、客が持ってきた古本を査定して必要なものだけ下取りして、店頭とオンライン両方で売っていく)この構造でやっていけているんだなあと感心してしまった。先に、店というよりは在庫倉庫になりつつあるニッチ古本屋と書いたが、店頭が無くなってオンラインショップになってしまわない理由の一つは、店頭が実は買う客向けよりは良質の在庫を売りに来る客獲得に向いているからじゃないかとまで感じる。どちらにせよ、テッククランチの「シリコンバレーのわれわれは雇用を殺し, 富める者を肥大させているのか?」の記事を思い出した。ロングテールで一つの独占企業が勝って、あとの中小はどんどん死に絶えていくというではなくて、小のところはしっかりニッチにアジャストすればロングテールのテール部分をどんどん伸ばしていく方向でやっていけるのかなと感じさせてくれる。

ちなみに、少しだけ古着もBuffalo Exchangeというところに持っていった。さすがに古着はオンラインデータベースみたいなのは無いので、店員が経験と勘で、その場で店頭での再販売価格を決める。ここはブランドというよりは、その服が綺麗かどうか、デザインがカジュアルで若いかどうかが決め手のようだった。この店では、その再販売価格の30%を現金で受け取るか、50%のストアクレジットにしてくれる。客もその店に来た人が買っていくというもの。昔ながらの古着ビジネスだが、本の換金率(10%)よりもかなりいい。ファーストファッションの影響か、人々の服を買い換えるサイクルが早くなっている中で、こういう業態も以前より以外のいいのかもしれない。


Buffalo Exchange
332 E. 11th Street, East Village, New York, NY
Between 1st and 2nd Avenues
(212) 260-9340

結果的に、大量の本と少しの服で結局2,3百ドルにもなった。これにはかなり驚きで、10年前であればほとんどニッチ過ぎて値段がつかなかったであろうと思うと久しぶりにインターネットはすごいなあと思う。自分は今回全くネットで売り買いしていないにも関わらず。さて、このAbebooksに近いようなことをアート業界でやろうとしていたのがArt.syなのだが、もうかれこれ2年近く経つがサイトがスタートしない、、、。色々とオンライン上だけでたくさんのことをやろうとして、バランスがとれなくなっているのかな。Abebooksみたいな割り切ったセカンダリーギャラリー同士のexchangeサイト誰かやらないかな。セカンダリーは何かと不透明で批判の対象になるけれど、皆がこのようなexchangeサイトを使うことで、セカンダリーの取引がある程度透明になると思うのだが。サイト自体の仕組みはそれほど難しくないだろうけど、B to B、B to Cともに多くの人に使ってもらう最初の巻き込み、立ち上げが一番難しいだろうなあ。


Friday, January 13, 2012

美術手帖2012年1月号「Global Art Market Now: 世界のアートマーケット」に執筆

明けましておめでとうございます。

Photo by Aneta Glinkowska

現在、書店に並んでいる美術手帖1月号で、なんと総計27ページ分も担当したので、ここで簡単に紹介させていただいて、是非ご覧いただければと。この号は表題が「Global Art Market: 世界のアートマーケット」で、美術批評が中心であった美術手帖としてはかなり珍しいアートマーケットについての特集号。書店にならんでほぼ1ヶ月弱が経ち、もう次号が並びそうなタイミングだけれど、編集長によると内容についての評判も、そして売り上げも通常よりいいとのこと。日本でもアートマーケットについての情報がかなり強く求められているということだろう。

美術手帖 2012年 01月号 [雑誌]

美術出版社 (2011-12-17)



11月に村上隆の呼び掛けで行われた震災復興のためのチャリティーオークション「New Day」について、2000年以降のアートマーケットの概要について、アートマーケットにおける重要人物へのインタビュー、そして成長するアジアマーケットについてと幅広く、そしてしっかり掘り下げて現状のアートマーケットがわかる内容になっている。

その中で、自分が担当したのは下記7本計27ページの記事。

- New Day 「プレビュー記者会見レポート」P.17
 開催1週間前に行われたプレビューに出席していた奈良美智、タカノ綾など作家紹介をメインに。

- New Dayのクリスティーズ担当者「Koji Inoue」へのインタビューP.20-21
 クリスティーズのスペシャリストにNew Dayについてと、そもそもスペシャリストの仕事について。

- New Day開催前に雨ニモ負ケズの朗読を行った俳優の渡辺謙へのインタビューP.21
 はじめてオークションに関わったことについてなど。

- New Day主催者の村上隆へのインタビュー P.23-29
 今回のプロジェクト、村上隆にとっての日本とアメリカについてなど幅広く。

- 「数字で知るアートマーケットの規模」P.32-35
 例えば、現状の世界のアートマーケットは4兆円程度だが、GDP比では1割弱の日本は1000−2000億円程度であることなど、マーケットにまつわる数字を紹介、説明。

- 「年表でたどるアートマーケットの発展史」P.36-41
 ここ10年間に起こったアートマーケットに関する出来事(高額作品の取引など)を時系列で紹介。

- アートアドバイザーの「アラン・シュワルツマン」へのインタビューP.104-109
 昨今のアートマーケットの最有力プレーヤーでありながら、あまり表に出てくることがないアドバイザー。世界トップクラスのアドバイザーに、そもそもアドバイザーとは何か、そして彼の顧客について、日本の戦後美術の「発見」などを伺った。

日本語によるインタビューを2本(村上隆、渡辺謙)、英語のインタビューを2本(井上光司、アラン・シュワルツマン)、レポート1本、数字についての情報記事2本と全てアートマーケットに関わるものでありながら、幅広いアプローチ、記事スタイルに関わることができ、大変なこと(特に数字周りの情報記事はネタ探し、数字の確認などのためにネットや有料データベースだけでなく、過去10年間のアート雑誌に目を通すために図書館に1週間篭ったりと労力がかかった)もありながらも、とても有意義で勉強になった仕事になった。

個人的には、アラン・シュワルツマンへのインタビューが一番オススメで、一見グローバルなハイブロウのアートシーンの話で日本には関係ないように見えるかもしれないけれど、昨今のアートマーケットのファンダメンタルな変化について示唆に富んだ内容の濃いものになっていると思う。また、50年たった今、所謂欧米において欧米以外の地域の60年代のアートシーンの動向に注目が集まっている状況、そしてそのことでその地域のコンテンポラリーへの文脈が作られつつあることにも若干触れてくれている。

自分が関わった文章以外にも、「アートタクティック」ディレクターの解説、ガゴシアンについて、イヴァン・ヴィルト、イーライ・ブロード、ムグラビ、サーチなど世界の最重要プレーヤーばかりで本当にオススメ。

今号にとりかかる際に、何冊かアートマーケットに関する洋書を読んだのだが、その中でも一番分かりやすく、系統だってマーケットを説明していたのが、「The $12 Million Stuffed Shark: The Curious Economics of Contemporary Art」という本で、ダミアン・ハーストの有名なサメのホルマリン漬けの作品が、ヘッジファンドマネージャーで有名なコレクターのスティーブ・コーエンに$12Mで購入されたエピソード(つまりマネーゲームの神のようなヘッジファンドマネージャーが一見ただのサメのホルマリン漬けにどうして$12Mも出したのかということ)から始まってグローバルアートマーケットを一つ一つ説明していく本。カナダのトロントにあるヨーク大学というところでMBAプログラムのマーケティングと経済を教えているDon Thompsonが筆者。実はこの本を読み終わった後、偶然筆者本人がサザビーズのイブニングオークションで隣に座っていたのがきっかけで知り合いになったこともあり、是非自分が和訳をして日本語版を出版できないかなと考えていたりもする。

The $12 Million Stuffed Shark: The Curious Economics of Contemporary Art
Don Thompson
Palgrave Macmillan
売り上げランキング: 72062



何はともあれ今号の美術手帖、是非読んでください。ちなみにアマゾンのレビューがかなり偏った意見が一つしかついていないことで星1つになっているので、是非読んでレビューを書いてくださいませ。

美術手帖 2012年 01月号 [雑誌]

美術出版社 (2011-12-17)

Monday, April 25, 2011

"Love Art & Help Japan" について



3月11日の震災直後の週末は、本当にUSTから流れてくるNHKの放送に釘付けになりながら、唖然とするばかりだった。多分程度の差こそあれ、日本人だけでなく世界中の人がそういう感じだったんじゃないだろうか。ただ、月曜日になると、当然のことながら、ニューヨークに住む人々は、通常通り通勤通学がはじまり、店は普通に開いていて、本当に何事も無かったかのように日常にもどっていった。その中で、日本人の自分としては、頭の中の大きな不安などと目の前の日常に大きなギャップを感じながら、自分には何ができるのだろうかと考えるようになっていった。その間に出会ったアーティストの一人にアートビートは何かやらないのか?と聞かれたことや、日本からたまたまNYに来ていた編集者の人にファッション業界はすでにリアクションを起こし始めているがアート業界はどうなんだと聞かれたことなどもなんらかのきっかけになったかもしれない。

ちょうど、次の週がニューヨークではアジアアートウィークで、主にアンティークだが日本に関連する展覧会、イベントもたくさん予定されていたことで、そのアートウィークでなんらかのファンドレイジングをするべきだと考えた。アジアアートウィークの中心的存在はやはりオークションであり、クリスティーズで日本美術のオークションを統括している山口桂さんには日頃からお世話になっていたこともあり、真っ先に連絡し、企画どころかまとまった考えにもなっていない中で、コンタクトをしてみた。震災のたった10日後に日本美術のオークションを控える山口さんも、何かをしなければいけないという気持ちでいっぱいで、大きく賛同してくださり、数日後のアートウィークスタートに間に合うようにと大急ぎでいろいろと電話とメールで話し合った。

アート業界は他の業界に比べて産業規模も小さいし、またそれを構成するプレーヤーも企業体をなしているのは美術館、オークションハウスくらいのもので、他はアーティスト、ギャラリーと個人事業やそれに毛のはえたようなのが多数集まってなりたっている。ただ各自は小さくとも、それらが繋がることで一つのチャネルとして広がっていくフレキシブルなファンドレイジングキャンペーンということで、最終的には、こちらで募金箱を用意し、アートウィークに参加しているギャラリー、オークション、その他アート施設に置いてもらうことにした。義援金を集めると同時に、日本から遠くはなれたニューヨークでもアートを通じてこの東日本大震災についての認知を高めてもらうのがねらいだった。ニューヨーク中に無数にちらばるギャラリーの受付台を一つのメディアと見立てたわけだ。

震災復興の役に立つ何かをしたい、そこから遠くはなれた自分に何ができるかと考えたときに、自分には直接義援金として送るお金はあまりないけれども、アートビートのメディアと、日々リスティングしているニューヨーク中の1000を超える美術館、ギャラリーとのコンタクト、そしてなにより自営業者として自由に動ける時間はあるなというのが出発点だったような気がする。

募金箱を作るにあたって、J-collaboというニューヨークにおける日本人アーティスト、デザイナーなどを結ぶメディア、イベント活動をしている佐賀関さんが、以前資生堂にお勤めでコスメのパッケージデザインをやっているプロだということで、協力をお願いしたところ、2つ返事でご協力いただけることになった。できるだけコストをかけずに、メッセージが一目で伝わるしっかりしたデザインの募金箱を数十単位で、数日で作るという難題をクリアしてくださった。

まずベースになる箱はダンボール製で主に投票用なんかに使われるのが安くあることを見つけて、最小ロットである50を注文。キャンペーン名を"Love Art & Help Japan”とし、一目でそれとわかる素晴らしイラストを佐賀関さんの知り合いのイラストレーターの方に描いてもらう。キャンペーン名、イラストをシールで印刷し、発送されてきたそれらの箱に貼り付ける。火曜日に動き始めて土曜日にはすっかり50箱が完成した。



まずは、山口さんが中心にアジアアートウィークに参加しているギャラリーに参加をよびかけ、また、自分たちの周りのアート関係者の皆さんに参加、賛同を呼びかけるメールをし、そこから有機的に繋がりのあるギャラリー、アート施設に呼びかけが広まった。同時にNYAB内に簡単なオフィシャルページをつくり、そこをランディングページにtwitter、facebook、メールなどでどんどん呼びかけをしていった。

1ヶ月ほどがたった4月末現在、匿名での参加をしてくれているギャラリーなども含めて70ほどのアートスペースが募金箱を設置してくれている。中でも世界有数の大手ギャラリーのPace Galleryはニューヨーク中の関連ギャラリー8箇所全部に置いてくれている。期間としては、印象派、現代アートのオークションなどもあり、ニューヨークのアートシーンが一番盛り上がる5月いっぱいまで置いてもらって5月末に回収し、日本赤十字に全額を送ることにしている。

このような形での募金活動を日本でさえやったことがなかったのだが、米国でということで、体当たりでやるしかなく、やりながら学ぶことはいくつもあった。まず、美術館や、アートセンターなどの非営利団体は、真っ先に参加してくれるかと思いきや、その美術館の設立目的(現代アートの啓蒙などそれぞれだが)以外の名目でファンドレイジングをすることができない場合がほとんどであり、このような活動にほぼ参加できない。特に米国では、様々な形でこれら非営利団体に税制上の優遇措置が与えられているが、逆に言えば、税の優遇を受けている設立目的の活動内容以外はできないようになっている。考えて見れば当然だが、最初は思いつかない。あとは、大手ギャラリーからの返答で多かったのが、今回の震災はもちろん大変なことで、参加したいのだが、このようなキャンペーンに一度参加すると、世界中で起きている様々な災害、戦争、人道上の問題などからの参加の要請がたくさんあり、言葉は悪いがきりがないので、申し訳ないが参加できないというもの。世界中から外国人が集まってできているようなニューヨーク、まして外国人だらけのアート業界らしいといえばらしいか。このあたりになってくるとそのギャラリーがどれだけ日本に親近感を持っているか、ギャラリー内に日本人従業員がいるか、日本人作家を扱っているか、担当者がどのように判断するかなどで対応は変わってくる。ただ、先進国の日本であまり大きな問題らしい問題が起きない日本人にとってみると今回の震災は未曾有の世界を揺るがす大事件だが、人によっては、それでも経済力のある日本よりも大地震が起きて1年もたっているが復興が進まないハイチのほうがまだまだ助けは必要だと真顔でいう人もいる。あとは現金を入れる募金箱を置いてもらうギャンペーンにあたって、その主催が有名人や有名な企業ではなく、有志の集まりということで信頼を醸成するのが大変かと思ったが、最初に大きな企業でもあり、アート業界で信頼されているクリスティーズが参加してくれていたということでキャンペーン自体の信頼性が担保されたのは大きい。また、米国ではあまり現金を持たずにクレジットカードや小切手を使う場合が多いのだが、オペレーションの簡略化のためにも、草の根活動ということで法人無しで寄付に対する税の優遇などもできないということで、この募金箱はキャッシュのみにしている。それでもこの募金箱を見ることで、震災に対して小切手で大口の募金をしたいという方が結構いて、そういう方にはしっかり税の優遇も受けれるJapan SocietyのJapan Earthquake Relief Fundをすすめてもらうようにしている。あとは、ある数日間の大きなアートイベントに置いてもらっても10ドルしか入らなかったこともあり、目立つところに置いてあっても、アートを見に、買いに来た人が自分とは関係の無い日本の震災への募金箱にお金を入れるというアクションにつなげるのは簡単なことではないが、人がある程度滞留するオープニングなどのときに、お酒をサーブする場所の横に置いておいたりすると、お酒は無料だが、サーバーにチップをあげる習慣があり、財布に手をかけたついでにという一つのきっかけや、何度も募金箱を目にすることで何度目かには実際の募金につながることで、結構お金が集まることも経験上わかってきた。

たくさんのボランティアの方が様々な形でサポートしてくださっていて、募金箱をアッパーイーストサイドからブルックリンまで70箇所ものアートスペースに持っていっていただいたり、また、アートスペースに置いてもらう以外にも、様々なチャリティーコンサートやアート関連書籍の出版イベントなどでもボランティアの方が箱を持ってみんなに呼びかけることで1日で結構募金が集まっている。また、アジアソサイエティという美術館では、上記の税制上の理由からも震災復興のための義援金集め自体はできないけれど、その呼びかけのためのチャリティーコンサート内でこのキャンペーンについてのプレゼンテーションをする機会をくださったり、自分も運営に関わっていた"We Are One”チャリティー展覧会の一つの企画として、このキャンペーンに大きく賛同してくださっている芸術史家の富井玲子さんが、アーティストの森万里子氏、インゴ・ギュンター氏、DJ Spooky氏に声をかけてアーティストトークを企画してくださり、トークの入場料の代わりに募金をお願いしますというような形でファンドレイジングしたりと、様々な形でこのキャンペーンは広がっている。

かなり長くなってしまったが、キャンペーンをはじめて1ヶ月以上たち、記録のためにも、また他のファンドレイジングにも活かせることが若干あればと思い、できるだけ丁寧に書いたつもり。

以下、このキャンペーンについてのフォトレポートや他の媒体での紹介記事のリンク。

- NY中の様々なアートスペースに設置された募金箱のフォトレポート
- NY中の様々なアートスペースに設置された募金箱のフォトレポート2
- ”We are one”チャリティー展覧会のフォトレポート

- Art in Americaでの紹介記事
- Adrian Favell氏がArt itにて紹介してくれた記事
- NYUでジャーナリズムを学ぶ2年生の大学生がFOXニュースのインターンとしてオンラインの動画ニュースとして紹介しれくれたもの
- キャンペーンの賛同者の一人である芸術史家の富井玲子さんが業界誌の「新美術新聞」5月1・11日号で紹介してくださった記事

Wednesday, April 20, 2011

東京でのレクチャーと執筆を少し

はっと気がつくと自分のブログが最後に更新されたのは去年の8月とは。本当にブログの体をなしていない。

マイルで行くしかなく、いい時期に飛行機のチケットが取れないという消極的な理由で年末年始に1ヶ月以上日本にいたのだが、その際に大小含めて4つのレクチャーをさせていただいたので、そのことと、今年に入って2つ文章を書かせてもらったことなど。

-CAMP 現在のアート<2010>「2010年のニューヨークアートシーンを僕なりに振り返って」@ 3331 Arts Chiyoda (December 22, 2010)

CAMPとして恒例になっているらしい企画で、年末にその年を10人以上のアート関係者が振り返る長時間トークに呼んでもらった。ニューヨークで展覧会を見ている身として、2010年なんとなく目立った傾向のようなものを話した。詳しくは後述。12人の最後ということで時間をオーバーしてしまい、みなさんにかなり突っ込まれる。4時間のトーク後、すでに終電はなく、2次会でとても久しぶりに甘太郎的なチェーン居酒屋で朝まで。2次会含めてとても楽しかった。

- 「2010年のニューヨークアートシーン」@ 前橋市立美術館準備室 (January 19, 2011)

学芸員の住友さんが主体になって準備している前橋市立美術館予定地を見学ついでに、トークでもということで、前橋を中心に活動しているアーティストやデザイナーなどのみなさんにアートビートの活動と、CAMP同様ニューヨークの2010年アート的傾向のようなものを話した。前橋は県庁所在都市で市立美術館がない最後の都市だそうだ。建物を建てるのではなく、デパート跡地をリノベーションして美術館になるという今風のやり方。鈍行で2時間弱ということで、午後に東京を出て、10時半頃の終電で帰ってきた。

- 第四回MCDN定期勉強会「アートとWEBサービスの最新動向」@ 慶応義塾大学三田キャンパス (January 20, 2011) 【実施報告】Togetterまとめ

慶應でアートマネジメントを教えていらっしゃる岩渕先生と、修士の山本さんが中心になって立ち上げたMCDN=Museum Career
Development Networkの第四回で話させていただいた。この勉強会の趣旨からも美術館やその周辺についての話が多いそうだが、少し話題を広げさせていただいて、ここのところ急に増えていたアート関連のウェブサービススタートアップの動向について話をさせていただいた。TABで新しく出したiPhoneアプリのMuponも東京の美術館への客の誘導チャネルの一つとして事例紹介させていただいた。

- 東京芸術大学芸術情報特論 「東京とニューヨークのアートシーンを眺めて」@ 東京芸術大学上野校地総合工房棟 (January 21, 2011)

最後は、藝大にて芸術情報特論という授業の一コマを担当させてもらった。その授業全体を受け持つ城さんに以前声をかけていただいたのがやっと実現。これまたアートビートの活動と、2010年ニューヨークでのなんとなく目立った傾向についての話をした。学生が中心ということもあり、アートビートを始めたころの話を中心に。上野キャンパスの中にある不忍荘という日本家屋を3部屋の旅館に改築したものに1週間泊めてもらい、大学内に寝泊まりするというとても楽しい経験をさせてもらう。

以上4つだが、そのうち3つはアートビート設立秘話的なものプラス2010年のニューヨークのアートシーンの傾向について話したのだが、具体的には、「Anthropology的(文化人類学的)」「パフォーマンス」「ポーランド」「ソーシャルワーク」という4つのキーワードを挙げて、それぞれ4,5人のアーティストをスライドで紹介した。名前を挙げておくと、Anthropology的: Huma Bhabha, Matthew Monahan, Matthew Day Jackson, Joanna Malinowska、パフォーマンス: Marina Abramovic, Tino Sehgal, gelitin, Bruce High Quality Foundation, Aki Sasamoto、ポーランド: Monika Sosnowska, Wilhelm Sasnal, Jakub Julian Ziolkowski、ソーシャルワーク: #class(展示), #TheSocialGraph(展示), Lush Life(展示), Terence Koh。

慶應では、ちょうどヴァーチャルフェアであるVIPが大注目されていたこともあり、VIPや、その他アメリカでどんどん出てきているアート関連のウェブサービススタートアップの紹介をした。詳しくはMCDNの実施報告と、レクチャー中のみなさんのtwitterをまとめたTogetterを読んでいただくのがいいが、旧来の広告収入中心のメディア型ではなく、ショップ型であったり、サブスクリプションベースのアーティストカタログサイトなどが数種類でてきており、どれもはじまったばかりでどれが上手く行くか誰にもわからないが、広告を見込むビジネスは一つも入っていない。急にこれらのサービスが増えている背景の一つに、90年代に金持ちになった金融系の人がアートを買い始め、中にはギャラリーをはじめたような人がでてきたように、なんらかのITベンチャーでお金持ちになったIT系の人たちの一部がアートを買い始め、その中から、アートマーケットの閉鎖性やIT化の遅れをビジネスチャンスと見て自分でサービスをスタートする例が多いということがあるというような話もした。

さて、執筆としては、下記の2つの記事を最近書かせていただいた。

- Na+ Issue #1 P6 「日本のアートを世界に」

上記CAMPの井上さんや女子美で教える杉田さん、キュレーターの崔敬華さんなどが中心になって立ち上げた”芸術生産に関わる人々が「ナショナリズム」について考えるためのタブロイド紙『Na+』”。お固い表題で、最初は本当に筆がすすまなかったが、結局自分が日々行っていることに引き寄せて書くことでなんとか締切りを大幅にオーバーしながらも書くことができた。

- 美術手帖 2011年3月号 P233 「世界初のオンラインアートフェア」

話題になっていたVIPアートフェアについて、フェア後にニューヨークのいくつかの参加ギャラリーにインタビューをして、他のプレスなども参考にしながらまとめた記事。はじめて美術手帖に執筆。

Thursday, August 19, 2010

TABとNYABのAndroidアプリケーションがリリース



TABとNYABのiPhoneアプリを2月にリリースして以来、約半年が経ち、おかげ様で、あわせて約3万人の方にダウンロードして使っていただいている。iPhoneを持っている人で、有料アプリを買うほどアートに興味がある人がそんなにいるとは正直考えもつかなかった。発売前の感覚では、1000と10000の間くらいかなというとてもざっくりとした感覚をもっていた。意外なことに、アート関係者ではなく、自分の同世代のサラリーマンの友達などが結構使ってくれているというのを聞いて本当にうれしい気持ちになる。半年経った今でも、毎日数十から百程度の人がダウンロードしてくれている。

さて、このたび、7月末にTABのそして8月中旬の昨日NYABのアンドロイドアプリを新たにリリースすることができた。機能やデザインはiPhoneアプリとほぼ同じ。たまにアンドロイドアプリって何という質問を受けるのだが、アンドロイドというのはGoogleが提供している携帯電話用のOSで、そのOSを使って世界中の携帯メーカーがスマートフォンを作っている。そのOS上で走るアプリをアンドロイドアプリという。日本ではまだ知名度が低く日本で流通している端末もSony EricssonのXperiaと台湾のHTCの数機種のみだが、近いうちに多くのメーカーから発売されていくはず。アメリカでは、AT&TがiPhoneを独占販売していることもあり、他のオペレーターは対抗馬としてアンドロイド携帯を猛プッシュしていることもあり、HTC、モトローラ、サムソン、Sony Ericsson、LGなどから多様なアンドロイドフォンが発売されている。iPhoneアプリと違って、リンクを貼るランディングページがないので、アンドロイド携帯をお持ちの方は、アンドロイドマーケットにて、"Tokyo Art Beat" もしくは "NY Art Beat"を検索して見つけてください。

TAB/NYABのiPhoneアプリが米国西海岸のデベロッパーによって開発されたのと違い、アンドロイドは日本のデベロッパーによって開発された。きっかけは3月に日本に出張した際に、僕が以前働いていたSony Ericssonの同期たちといつものように飲もうと集まったのだが、面白い後輩がいるからといって紹介してもらったのが、水鳥君だった。彼は入社年で2つくらい後輩で、ソニエリ初のアンドロイド機であるXperiaのソフトウェアエンジニアだったのだが、その開発が終わったあと、会社をやめて友人と二人で、Goldrush ComputingというiPhone/アンドロイドアプリ開発会社をはじめたところだった。ちょうどTABのiPhoneアプリがリリースされた後で、日本でもすぐにアンドロイドの携帯が出はじめるという時期で、水鳥君がTABのアンドロイドアプリ開発に大きな興味を持っていると聞いて、二つ返事でそれやろうということになったわけだ。その後たった数ヶ月ですばらしいアプリを作り上げてくれた。

まだまだ日本でのアンドロイドの知名度が低いこと、端末が少ないことや、そもそもアンドロイドマーケット自体がややカオス的なこともあって、日本語でまともなアプリがまだまだ少ない中、アートというニッチではありながらも、しっかりしたアプリを出せたことで、アンドロイドアプリ業界的には大きく注目していただいているようだ。

昨日とうとうNYABアプリを自分の携帯にインストールしたときには、鳥肌がたつような感じだった。というのも、中堅社員になりつつある自分の同期達が中心になって開発されたソニエリのXperiaに、自分が会社をやめてやってきたアートビートの展覧会情報を使って、これまたソニエリの後輩が会社をやめてつくった会社で開発したアンドロイドアプリがのっていて、これを日々使うのかと思うとちょっとした感動だったわけだ。

兎にも角にも、TAB/NYABのアプリ達をよろしくお願いしますというのと、水鳥君のアプリ会社Goldrush Computingはアプリ開発請負も探しているようなので面白いアプリの企画があれば是非声をかけてあげてください。おすすめです。

Monday, April 5, 2010

キース・ヘリング、アートに関する文章の翻訳について

私の日々のメイン業務はNY Art Beatの運営なのだが、フリーランスでアートやデザインに関する文章の英語訳、もしくは英語の日本語訳の仕事を頂く機会が結構増えてきた。知り合いのアーティストのポートフォリオ用のステートメント英訳から、全く知らない方からの記事の翻訳、企業や公共機関の仕事まである。

そんな中でも、最近一番大変で、そして一番刺激的で楽しかった日本語訳の仕事を紹介したい。

ナタリー福田さんという方の、ロンドンの大学院での芸術史過程の修士論文で、キース・ヘリングに関するものなのだが、驚くことに、全文が引用だけで構成されていて、固い芸術史の修士論文の形式としては信じられないような、いわば詩的でとてもアーティスティックなテキストなのだ。文学において、50年代にブライオン・ガイシンによって広められ、『裸のランチ』で知られるウィリアム・バロウズなどが多用していたカットアップという手法がキース・ヘリングに大きな影響を与えていたことを背景に、キース自身の言葉、キースのスタジオディレクターの回想、バロウズのテキスト、マティス、デュビュッフェの言葉、キースの作品に影響を与えた書道が結び目となって書道家の寺山 旦中、『表徴の帝国』のロラン・バルトのテキストなどがパラグラフ毎にそれこそカットアップで縦横無尽に再接続されて全体としてキース・ヘリングの世界を再構築しようとしている意欲的なもの。これを論文にしようと思い立った彼女もすごければ、これを通した教授陣もすごいなあと関心した。

様々な時代の様々な国の人の口語体、文語体が入り交じって、前後の文脈から切り離されたパラグラフ群を一つ一つ翻訳していくのは、本当に骨が折れる作業であったし、前後の文脈から切り離されていることで、本来的には誤訳になってしまうような部分もあるいは残ってしまったかもしれないが、全体としては一文一文がエキサイティングで、発見ばかり(そもそもキース・ヘリングとウィリアム・バロウズとアンディ・ウォーホルが実際につるんでいたなんて全然しらなかった。)の楽しい仕事であった。

また、偶然かもしれないが、パフォーマンスアートへの機運が高まっているニューヨークで、最近2つもキース・ヘリングの個展(ダイチプロジェクトとトニー・シャフラジギャラリー)があったり、バロウズの裸のランチを1章ごとに独白していくパフォーマンスに出くわしたりとこのテキストの内容に今関わることが偶然ではないような気になる機会がしばしばある。ご本人に許可を得た上で、下記、イントロから第1章の英文、拙訳を交互に。日本語版をさらにブラッシュアップして出版することも考えているそうなので、興味のある方は是非ご連絡(kosukeアットkosukefujitaka.com)を。また、翻訳のお仕事のご連絡も是非。



THE KEITH HARING CUT-UP
The Motion Line in Keith Haring’s Art & Thought.


キース・へリング カットアップ
キース・へリングのアートと思想における動きの線


INSPIRATION

THIS CUT-UP CONVERSATION ON KEITH HARING WAS PARTICULARLY INSPIRED BY KEITH HARING’S ART, WRITINGS AND INTERVIEWS, JOHN GRUEN’S BIOGRAPHY ON KEITH HARING, BRION GYSIN AND WILLIAM S. BURROUGH’S CUT-UP TECHNIQUE, JULIA GRUEN AND ROBERT FARRIS THOMPSON’S SPIRITS, PLATO’S DIALOGUES AND JACK KEROUAC’S ON THE ROAD.

INITIALLY, CONFRONTING KEITH HARING’S IDEAS WITH THOSE WHICH INSPIRED HIM, AS WELL AS THOSE HE INSPIRED REVEALED INTERESTING. ALSO, THE NATURE OF HARING’S WORK, WHICH DEFIES DEFINITION AND SET MEANING INDICATED THE CUT-UP FORMAT AS THE MOST LOGICAL/NATURAL CHOICE FOR AN INTERPRETATION OF HARING’S ART AND THOUGHT.


METHOD

THE THOUGHTS WERE FIRST COLLECTED THROUGH INTERVIEWS, BOOKS AND MOVIES TO BE EDITED AND PRINTED OUT ON PAPER.
THE THOUGHTS WERE THEN DIVIDED, MARKED AND CUT-OUT ONE BY ONE WITH SCISSORS.
THE BITS OF PAPER WERE LAID DOWN ALL OVER THE FLOOR AND CUT-UP TOGETHER IN ONE LONG ROAD IN AN HOUR AND A HALF TIME, AROUND MIDNIGHT, ON A SATURDAY NIGHT.

OF COURSE, SOME MINOR EDITING HAS BEEN PERMITTED SINCE THEN.


着想

このキース・へリングに関するカットアップの会話は、キース・へリングのアート作品、執筆物、インタビューや、ジョン・グルーエンによるキース・へリングの伝記、ブリオン・ガイシンとウィリアム・S・バロウズのカットアップ技法、ジュリア・グルーエンとロバート・ファリス・トンプソンの精神、プラトンの対話、そしてジャック・ケルアックのオン・ザ・ロードから、ことさら着想を得たものです。

はじめに、キース・へリングの考えと、彼に影響を与えた発想や、彼が影響を与えた発想をつきつけていく作業はとても興味深いものでした。また、定義そのものに挑戦し、型通りの意味付けを拒否するへリングの作品の本質を鑑みると、へリングの作品や思想の解釈としてカットアップの手法を採用することは、一番合理的で、また自然であると考えました。



手法

まず、インタビュー、書籍、映画などから思考を収集して、編集し、紙に印字しました。それらの思考は分割され、印をつけられ、はさみで一つずつカットアップされました。それらの紙片は床中に広げられ、ある土曜日の深夜頃、1時間半の間に、一本の長い道としてカットアップでつなげられたのです。

もちろん、その後、いくつかの些細な編集は施されています。


WILLIAM S. BURROUGHS All writing is in fact cut-ups. A collage of words read heard overheard. What else? Use of scissors renders the process explicit and subject to extension and variation. Clear classical prose can be composed entirely of rearranged cut-ups. Cutting and rearranging a page of written words introduces a new dimension into writing enabling the writer to turn images in cinematic variation. Images shift sense under the scissors smell images to sound sight to sound sound to kinesthetic. This is where Rimbaud was going with his color of vowels. And his “systematic derangement of the senses”. The place of mescaline hallucination: seeing colors tasting sounds smelling forms.


ウィリアム・S・バロウズ 全ての著作物は事実カットアップなのだ。読まれ、聞かれ、再度聞かれた言葉のコラージュ。それ以外のもの? ハサミを使うことでプロセスは露骨になり、またプロセスは拡張、変換可能にもなる。明確で古典的な散文は、再配列されるカットアップによって完全に構成可能だろう。したためられた1ページの文章を断片し、再配列することは、書くということを新しい次元に導くものであり、文筆家が単なる画像を映画的な変動に変換することを可能にするのだ。画像はハサミの下で知覚をずらす。画像を嗅ぎ、視界を鳴らし、音を鳴らし、運動感覚へ。これはリンボーが、彼独自の母音の色で目指していた場所だ。そして彼の「システマティック知覚障害」ででも。メスカリンの幻覚作用空間。色に味が付き始め、音が形状の匂いを嗅ぎ始める。


Keith HARING The way it began, was to draw my tag – tag, meaning signature of what graffiti artists called their name. So my tag was an animal, which started to look more and more like a dog. Then I drew a little person crawling on all fours, and, the more I drew it, the more it became ‘The Baby’. So, on the streets, I’d do various configurations of the dog and the baby. Sometimes the baby would be facing the dog – confronting it. Sometimes, it would be a row of babies, and the dog behind them. I was using these images, always bearing in mind the Burroughs/ Gysin cut-up ideas. And I juxtaposed these different tags or signatures of images, which would convey a different meaning depending on how you combined them.


キース・へリング 自分のタグを描いていくことから全ては始まったんだ。タグ、グラフィティアーティストが自らの名前を叫ぶ署名みたいなもの。僕のタグはある動物だった、それがどんどん犬のようになっていった。それから四足で這っている小さな人間を描いた、描けば描くほどそれは「赤ん坊」のようになっていったんだ。ストリートでは、その犬と赤ん坊を様々に配置していった。時に、赤ん坊は犬に顔を向け、もしくは対決し、時には赤ん坊がずらっと並んだその後ろに犬がいたり。僕はバロウズやガイシンのカットアップのアイデアを常に念頭に置きながらこれらのイメージを使っていた。このいわばイメージによる署名としての様々なタグを並置していったんだ。タグは人々がどのようにそれらを組み合わせるかで違った意味を伝えることができた。


Roland Barthes The text does not ‘gloss’ the images, which do not ‘illustrate’ the text. For me, each has been no more than the onset of a kind of visual uncertainty, analogous perhaps to that loss of meaning Zen calls a satori. Text and image, interlacing, seek to ensure the circulation and exchange of these signifiers: body, face, writing; and in them to read the retreat of signs.


ロラン・バルト テキストはイメージの「艶を出す」ことはないし、イメージはテキストを「図解する」ことはない。私にとってそのどちらも一種の視覚的不確定性の兆候にすぎなかったし、禅が悟りと呼ぶところのあの意味の喪失に近かったかもしれない。テキストとイメージは織り合いながら、「身体、顔、書き物、そしてそれらの中に表徴の後退を見出すこと」などが指し示すものの循環と交換を確かなものにしようとしているのだ。


MATISSE A musician once said: in art, truth begins when one no longer understands what one is doing, what one knows, and until there remains in you an energy all the stronger because it is troubled, constrained, compressed. One must present oneself with great humility, all white, all pure, and candid, the mind seemingly empty, with a spirit close to that of the communicant approaching the Holy Table. Obviously, one must have all one’s knowledge behind one, and yet be capable of keeping the freshness of one’s instincts.


マティス 音楽家があるときこう言った。アートにおいて、真実がはじまるのは、自分がもはや、何をしているのか、何を知っているのかさえわからなくなったときだ。そこに至るまでは、自分の中で真実は乱され、拘束され、圧縮されることで、ある種のエネルギーとして一層強くなっていくのである。大きな謙遜とともに聖餐台に近づかんとする聖体拝領者の精神のような、一見空っぽの心を持って、真っ白で、純真無垢に、率直に自らを保っておく必要がある。もちろん全ての知識を自らの背後に持ちながらも、自分の本能の新鮮さを保ち続けることができなくてはならない。