アートに関するアーカイブ



夏休みに訪ねたアーティストのFrancis Cunninghamさんが、滞在中に昼ご飯にと、近所の畑から直送のとてもおいしいトウモロコシをゆでてくれてバターと塩でいただいたのだが、僕がこれまで食べた中で一番おいしいトウモロコシであった。

その様子を撮ったビデオが上のビデオだが、妻がカジュアルに撮った物で、これだけ見るとなんのことはない、アマチュア感あふれるプライベートの簡単な料理説明ビデオで、アーティストの彼はこれをオンラインにあげるのはあまり歓迎しないかと思っていた。それが、80歳の彼やその家族がこれを見て、大喜びで、是非、彼の公式ブログにもこの動画をあげてくれとのことで、あがっている。この反応はとても意外だったが、ポジティブな驚きで、アーティストと、アーティストに関する多くの表象物に関して考える切っ掛けにもなった。

昨今、様々なデジタル技術、情報処理技術、それらのシェア技術が進歩して、アーカイブに関してのハードルがかなり下がったこともあり、アートの分野でも、これまでは作品を美術館で保存して、あとはそれに関する出版物をアーカイブするのがやっとというところから、もっと多くのテキスト、画像、動画、音声、それから作品のマテリアルに至るまで、様々なものが様々な場所、メディアでアーカイブされ始めている。今回、このアーティストによる、全くアートとしてのアウトプットとして意識したものでないトウモロコシ料理ビデオを見て、ああ、こういうものもアートに関するアーカイブに含まれてもいいなあと感じた。アートに関するアーカイブというと、いくらハードルが下がって、特別な技術無しに様々なものがアーカイブできるとあっても、そのアーカイブを作る側には、ある一定の先入観があって、これまでどおり、美術史的、学術的に価値がありそうなものを無意識に選別してしまうし、インタビューという形をとれば、30分ー1時間、とても緊張したアーティストとインタビューワーが、そのアートに関するインタビューを双方が全力でやって、それをしっかり編集したものができあがり、保存されていく。これはこれでとても重要な活動でどんどんされていくべきだが、このトウモロコシビデオのように、直接アートに関係がなくとも、間接的に、アーティストとしての彼、彼のアート作品に対するイメージ、広がりに、幅、彩りをあたえる切っ掛けを見いだすマテリアルが残されていくのも悪くないなあと感じた。

例えば、ゴッホのスターリーナイトをMOMAで見て、すごいと思って、彼に関する本を読んで、彼について、彼の作品について多くを勉強すること、そしてほんの少し、彼の人間味に関する情報を得ることはできるけれども、彼が若者達にトウモロコシを茹でながら、トウモロコシの調理について語っているビデオがもしあったとしたら、作品に対するイメージや距離感もまた変わるし、これはこれでより豊かな情報源になるような気がする。僕の好きなアーティストに河原温さんがいる、彼の作品は、デイトペインティングに代表されるようにとてもミニマルなものだが、同時にとてもパーソナルなものでもある。ただ作品から得られる情報、その他のテキストから僕が知っている情報は、お会いしたこともないので、とても限られている。いつだか、最近、河原温さんは麻雀がとても好きで、ほぼ毎日やっていると聞いたことがある。この一片の情報は、聞くまでは全く想像もしていなかったことだが、一度聞くと彼の作品ともなんとなくぴったりくる気がするし、あの一見無味乾燥なデイトペインティングを見る際に膨らむイメージが全然変わって、さらに好きになってしまった。ご本人はどう思われるかわからないが、誰か河原温さんが麻雀をやっている風景をパーソナルにビデオに撮ってきてくれないかなあ。

こういうビデオで、多分、このアマチュア感、プライベート感、演出無し感というのは重要な要素かもしれない。この感じを鮮明に覚えているのが、ウォン・カーウァイの「天使の涙」で、通常のフィクション映画としてとられているとてもカラフルな画像で、話は続くのだが、唯一、しゃべることができない青年役の金城がはげていわゆる普通のおっさんで、コミカルなお父さんにちょっかいをかけまくる回想シーンが、アマチュアビデオ風に撮られて挿入されている。これはそれも含めて演出だが、これを見たときに感じる感覚、突然演出の裏側、舞台の裏側を見たような気になる要素みたいなものが、美術館や本の中のいわゆる正しい教科書的な歴史の一部としてのアートに少しずつ加わっていくと、これまでの骨としての歴史に、腐らない肉が加わって、アーカイブとしてさらに完成に近づくのではないだろうか。このメタファーはミイラのようなものを彷彿とさせて、ちょっと微妙だが、アーカイブとはそもそもそう言う物で、エジプトのミイラを思い浮かべるか、躍動感あふれる蝋人形館を思い浮かべるか、本物さながらの自然史博物館の剥製のジオラマを思い浮かべるかの違いで、これは完成度の違い。完成されたアーカイブは結果としてやはり「美しい」はず。

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